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1−5 摩擦


赤いハンカチ、私のものだ。

「安心して下さい、私の血は清潔です」

黒瀬花春はそう言った。幼い頃から胸に疾患を患っており、突然の鼻血は投薬による副作用らしい。アルコールは平気なのかと聞くと「アルコールは胸に良い」そうだ。簡素な街並みに不和を齎す高尚なバーで、私たちは肩を並べていた。

「早苗さんは……そう呼んで良い?」
「勿論です」
「早苗さんはどう思った?私の個展……何か思うところがあったら」

来た。この手の質問への解答は、基本テンプレートがある。それは内省を気取ること。意味深に沈黙を扱い、自問自答を繰り返し、それでも私は確かに不可知な価値に触れた、そんな顔をして知性の衣を纏った媚び諂いを並び立てれば良い。馴染み無い他人の感動は芸術家諸氏の大好物なんだから……でも黒瀬花春にその手の対応はどこか不適切に思えた。私は素直に応える。

「何も」
「何もというのは、字面通り何もない、ということ?」
「そうですね、幾らかそれらしい美辞麗句は並べられます。貴女の文字は美しい、仄暗い童話的な世界観、彫像と絵画の織りなす調和と摩擦……不気味でいて、どこか興味をそそる。そう、言語にしやすいです、貴女の作品は。だから……」
「だから、何?遠慮しないで」
「批評家に好かれるのかと」

言い過ぎたかな。デリカシーが無かった。この手の無頼のアーティストが最も毛嫌いするものは批評家との癒着、そのレッテルを可視化すること。地雷を踏んでしまったのかもしれない。私の言動を聞いた黒瀬花春は、卓上のカクテルをグイと飲み干してこう言った。

「早苗さん、最高だね。私、貴女が大好きみたい」

紅潮した頬を可愛くつり上げ、黒瀬花春は微笑んだ。純朴な少女のように、不細工で真っ直ぐで愛らしい笑顔。でも私は貴女の好意に興味は無い。私が恋するのは貴女に滾るどす黒い赤、ただそれだけだから。



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