緊急事態宣言下、コロナ以外の恐怖に怯えながら帰宅せざるを得ない人がいる。
1回目の緊急事態宣言のとき、わたしは働いていました。
当時の仕事はリモートやテレワークができる仕事でもなく、育休中の同僚が保育所にようやく当選し、4月末に戻ってくる目処がついた矢先、別の同僚が2月から妊娠初期の重病により長期離脱したところでした(結局、そのまま一度も復帰できずに、10月に出産したらしい)。
つまり、わたしは緊急事態宣言中、3~4人分の仕事を一人でやっていました。(ちなみに、4人目候補生が中学レベルの漢字の読み書きすらできなかったので、試用期間中に雇用主がクビにした件は、あまりに一瞬の出来事だったので、今まで書いていませんでした。)
当然、わたし一人にかかる仕事量が多かったので、連日残業は当たり前。加えて、職場を出て、最寄り駅に着くまでの道のりが非常に怖かったことを思い出します。
午後8持から9時。
職場の近くの別の大きな会社のいくつかは、ほぼ100%リモートワークに切り替えていたため、ビル全体が真っ暗。もちろん、そこで本来働いていた人たちは近くを歩いていません。
逆に、仕事を終え、駅からわたしたちの職場近辺の住宅へ向かう人もほとんどいません。
疲労困憊と恐怖で、誰に、どこに怒りをぶつけていいのか分かりませんでした。ここで、強盗に遭ったり、体を傷つけられたりしたら、あのときのわたしは、確実に、産休や育休の同僚たちを恨んでいたでしょう。実際は、人員を確保してくれなかった上司や会社が悪いのに。
そんな暗い夜道で、唯一慰められ、ホッとすることがありました。
それは、運動場でフットサルをする若者たちでした。
マスクをせずにボールを奪い合い、ゴールを目指すその姿は、明らかに《密》そのものでした。
自粛警察が見たら、すぐさま通報されそうな光景でしたが、暗闇を煌々と照らし出し、白熱したゲームを繰り広げるその様子は、わたしを励まし奮い立たせてくれました。
(お願い! 自粛警察! 通報しないで!)
何度も心の中で叫び、夜毎、フットサルをする若者たちを見ながら歩いて駅に向かいました。
* * *
電車に乗ると、そこでも、恐怖は襲ってきました。
乗る電車によっては、人っ子一人いなかったのです。
突然パラレルワールドに迷い込んでしまったような気持ちになり、怖くなって、早歩きで車両をいくつもいくつも移動しました。
車両の中を歩き続け、4両目でようやく自分以外の人を発見し、ホッとして腰をおろしたのも束の間。その車両には、わたしとその男性の二人きりであることに気がつきました。「この人が悪い人だったら、どうしよう⁉ 強盗だったら⁉」と、不安が心の大部分を埋め尽くし、他の人が乗ってくるまで心が休まりませんでした。
* * *
またあるときは、電車の長いシートに一人ずつ座って、ソーシャルディスタンスを保っていました。
一人の男性が隣の車両から移動してきて、わたしの前のシートに座りました。その片手には缶を持ち、酔っぱらっていました。お酒を飲みながらですから、マスクを外しています。その状態でブツブツ呟いているのですから、不快感いっぱいでしたが、恐怖心もあり、黙って座ってました。5駅くらい、わたしが降りる駅まで我慢しました。
翌日も、長いシートに一人ずつ座っていると、隣の車両から男性が移動してきて、またしても、私の前に座りました。その片手には缶があります。
(昨日と同じ人⁉)
思いきって顔を見ましたが、別人でした。すると、その男性がなにかを呟き始めました。
「酒、飲んでいただけなのによぉ、文句言われて……」
どうやら、マスクを外していたため他の乗客からクレームがきたようです。
(えっ⁉ ちょっと、待って⁉ 待って⁉ ってことは、この女なら文句言わねぇだろって、この男は思っているわけ⁉ 昨日の男も同じ理由でわたしの前を選んだわけ⁉ 冗談じゃない⁉ こんな男たちからはコロナをうつされたくない!)
どこかの駅に着くと、わたしは降りる振りをして、車両を移りました。
* * *
また別の日、近くのシートに座る男性が、泣きじゃくりながら、スマホで話していました。
「大丈夫。グスン。何とかなる。グスン。10万円入るし。グスン」
電話を切ったと思ったら、また電話を掛け始めた。
「大丈夫かー⁉ グスン。何とかなる。グスン。10万円入るし。グスン。」
どうやら、コロナの影響で、会社毎つぶれたか、大量解雇があったらしい。
その男性はまだまだ電話を掛け続けていましたが、同じ車両の乗客たちは聞いているのが辛くなったようで、みんな隣の車両に移動しました。
(仲間はいるようだ。孤立せずに、制度の情報交換をして、なんとか助け合ってほしい)
そう思いながら、わたしも隣の車両に移りました。
* * *
午後9時から10時。
駅に着いて電車を降りると、コンビニ以外の店はすべて閉まっていました。会社のビルも飲食店もすべて真っ暗です。
(点在するコンビニの明かりだけが救いだ)
住宅街の暗闇を歩いていると、ウーバーイーツの大きなリュックを背負った若者が横を通りすぎて行きました。衝突事故などで嫌われることもあるウーバーイーツの配達員ですが、夜道を一人で歩かなければならないわたしには、そんな些細な一瞬の出来事もホッとできる大きな体験でした。
* * *
コロナ患者の重症病床が逼迫しているため、2回目の緊急事態宣言を出しのは致し方ないとは思います。
ですが、そんな状況でも、リモートやテレワークをすることが許されず、人気のない夜道を一人で帰らなければならない人たちがいると思うと胸を締め付けられます。
車での送り迎えがある首相も大臣も知事も、そのことを心の片隅に置いてくれているだろうか。
疲労困憊と恐怖の中、夜道を歩かなければならない人たちの中には、医療従事者もいる。医療機関でも疲労と恐怖。夜道でも疲労と恐怖。せめて、タクシー代だけでも出してはくれないだろうか。
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