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Les poèmes

18
日々感じたことを中心にした散文詩、自由詩
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新宿

新宿

地下街のカレーハウスの香りを嗅ぐたびに
「外回りの時はいつもここで食べるんだ」
と言っていた
私が初めて入った会社の
おじさんのことを思い出す

陽気な人で
営業向きで
少し抜けていて
いつも依頼がギリギリで
お客さんにもよく怒られて
でも憎めなくて
みんなに愛されていた

きっかけは忘れたが
社内で記念写真を撮ることがあって
私のカメラで色んな写真を撮った
おじさんを椅子に座らせて
周りを女性社

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秋のせい

秋のせい

ぜんぶ秋のせいにしてしまえばいい

なんだか少し悲しい気分になるのも

どこか行き詰まりのような感じを覚えるのも

居なくなってしまいたいと思うのも

何にも期待できなくて

何をしても続かなくて

時々自分が誰なのかわからなくなるのも

ぜんぶ秋のせいにしてしまえばいい

不意に涙がこぼれそうになるのも

どこか遠くへ行きたくなるのも

鼻を掠める落ち葉の匂いや

急に高くなった空や

優しくな

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5時と5時半の合間に

5時と5時半の合間に

5時と5時半の合間に
美しい熊がやって来た
少し早いのですが、と申し訳なさそうに

少しどころではないので
一度出直してもらうことにした

彼は申し訳ないと言いながら
昼に来るときにアカシアの蜂蜜を持って来るよと
微笑んだ

それに合うパンケーキを焼いておくからと
あくびをしながら、わたしは言った

4月の織姫さん

4月の織姫さん

一年に一度、清明の頃
あなたに会うのを楽しみにしております

いつも家族のことばかりで
辛さを一切表に出さないあなたを
わたしはずっと密かに尊敬しているのです

全然違う環境にいるけれど
それで干渉し合わないところが良いのです
どうでもいいような話をして終わる
それが良いのです

おばあさんになってもこうやってお茶をしたいねと
そしてまた来年も会いましょうと手を振るのです

ちいさい市、ありがとう

ちいさい市、ありがとう

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「あたりまえのような顔をして」

いつも見ている景色が
実は初めての景色だとしたら
この憂鬱な曇り空を
初めて目にしているのだとしたら
そのグレーの美しさに
わたしたちは新鮮な感動を覚えるのではないか

美味しいと感じながらも
何も言わずに食べることと
きちんと美味しいと口に出してみること
その2つは全然

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88才の祖母へ

88才の祖母へ

まだその肉体で

やってほしいことがある

可愛い飼い犬を撫でて欲しい

美味しい料理を食べて欲しい

韓国ドラマだって見て欲しい

デイサービスも楽しくなるかもよ

だから、どうか

こんなに痛いなら死んだ方がマシだなんて言わないでほしい

長生きしすぎたとあなたは言うけれど

まだその肉体で

やってほしいことがある

東京大空襲の話をまた聞かせてほしい

疎開先の話もまだしてないのがあるでし

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怖がってもいい

怖がってもいい

朝、起きられないかもしれない

また、通えなくなるかもしれない

そんな風に怯える夜があってもいい

懐かしい、今はもうない失ったあの景色

戻りたいと思ってしまってもいい

どうして捨ててしまったんだろう?

当時は些細なことに思えたのよね

でも、今になってみると大切な宝物だった

そんな風に過去に思いを馳せたっていい

なにを思ったっていい

だって、わたしもあなたも戻ってこれるんだもの

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オシロイバナ

オシロイバナ

祖父の病院へと続く道は
ガタガタしたコンクリートのどぶ板

祖母と一緒に歩きながら
道端のオシロイバナを見つけては実をとってポケットに忍ばせた

病室はよく冷えていて
祖父は昼食に出されたビスケットを
いつもわたしのために取っておいてくれた

ベッドの足元に座ってビスケットを食べて、少しだけ話して帰る

たいして美味しくもないビスケット

わたしに常に色々なものをくれた祖父が

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雨の情景

雨の情景

ビルを出る
霧のような雨が降り続いていた
あぁ、こんな雨の日に
このビルの片隅で
猫を撫でたっけ
湿り気を帯びた猫の柔らかい毛

あなたの柔らかさ
優しさはずっと変わらないと
信じて疑わなかった
わたしだけに向けられた、柔らかさだと

猫だもの
誰にだって、柔らかいよ
霧雨に濡れた猫は言う

あなたはそれを「悪」だと言うの?

美しいものに

美しいものに

美しい言葉に触れよう
美しい言葉を口にしよう
あなただけの 真白なノートには
呪詛の言葉ではなく 祝福の言葉を書こう

美しい人になろう
美しい自分だけの湖を 心に持とう
しんとした湖面を覗けば
美しい微笑みを浮かべた あなたが映るから

美しいほうを選ぼう
もしも迷うことがあったら
美しいほうを選ぼう

祝福できるほうを選ぼう
微笑むほうを選ぼう

待っているよ

待っているよ

言葉が届くのを、待っているよ
記憶が届くのを、待っているよ
わたしが思い出すのを、待っているよ
あなたが思い出すのを、待っているよ

綿菓子みたいな薄衣は
細かくキラキラと光り
風にたなびくよ

風景が届くのを、待っているよ
こんな風に、美しい風景だよ

わたしは重い身体をベッドから起こし
そんな風景の断片を見る

記憶が届くのを、待っているよ

あたらしい世界と古い世界の狭間で

あたらしい世界と古い世界の狭間で

どうやら、
わたしは苦しんでいるらしい

あたらしい世界と古い世界の狭間で

8割はあたらしい世界にいて
2割は古い世界にいて
その8と2の間を
いったりきたりしている

古くて重い世界の力は強い
2割に肉体と意識があるほんの少しの間に
その世界に留めようとぐっとのしかかる
古い湿った毛布みたいに

わたしはあたらしい世界へいきたい
あたらしい世界の景色がみたいんだ

わたしはあたらしい世界へいき

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さくら

さくら

濃緑の植え込みに

桜の花が 落ちている

花のまま 落ちている

花のまま 美しく落ちている

美しいまま 亡くなった

あなた さくら

風が吹き 花びらがわたしを通り越す

宮沢賢治みたいに

宮沢賢治みたいに

首から帳面をぶらさげたい

言葉があふれ、目の端からこぼれ落ちるので
首から帳面をぶらさげたい
賢治みたいに

帳面にはパンチで一つ穴を空けて
麻の紐を通して、鉛筆も添えて
首からぶらさげる

こぼれそうな言葉たちを
帳面をぱっと開いて
うけとめてやるんだ

たまに地面にこぼれても、
そこからびっくりする芽が生えて
わたしの目線まで伸びてきて
挨拶してくるんだ
わたしは、あのときの

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