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働くことと愛すること/『ラストマイル』【映画感想】

脚本・野木亜紀子、プロデュース・新井順子、監督・塚原あゆ子による映画作品。この座組で制作されたドラマ『アンナチュラル』『MIU404』と同じ世界で繰り広げられる“シェアード・ユニバース・ムービー”と銘打たれた作品である。

《あらすじ》
物流業界最大イベント、ブラックフライデーの前夜、大手ショッピングサイトであるDAILY FAST社の配送段ボールが爆発する。日本を震撼させる連続爆破事件に発展する中、巨大物流倉庫のセンター長に就いた舟渡エレナ(満島ひかり)は、チームマネージャーの梨本孔(岡田将生)と事態を収束させようと試みる。

結論から言えば、アベンジャーズのようなアッセンブル感はなくその点についてはやや肩透かしではあったのだが、敢えて分業化して事件を紐解くというお祭り感を抑えた工程が物語への集中度を高めていたように思う。むしろシェアード・ユニバースというキャッチーな惹きを用いて、この物語そのものを届けたいという強い意志を感じた。現代の全ての消費者への重要な問いかけを送る本作から受け取ったものをここに書き残してみる。


止められないもの

本作の命題は“流れ続ける世界をどうにかできるのか”ということに尽きるだろう。休むことなく稼働し続ける資本主義社会の激流の中で、その動きを「誰が、何のために、どう止めるのか」という選択の連続が物語の核を浮かび上がらせる。

山崎佑は過重労働によって精神に不調をきたし、5年前のブラックフライデー前日にベルトコンベアに飛び降りることで流れを止めようと試みた。しかしその行為は大きなシステムの中に取り込まれ、世界は変わらずに動き続けるのみだった。

彼の恋人・筧まりかはその意志を継ぐように今回の爆破事件を引き起こす。山崎を透明化した社会に復讐すべく、配達される荷物に不安を仕込んで世界にばらまき、流れを止めようとした。しかしそれは自分の命をも差し出す凶行であった。

そして主人公・舟渡エレナは問題における根底へと可能な限り近づき、悲しき選択を繰り返さないために、ストライキという手段を用いて流れを止めようとした。その結果、少しばかり世界は変わる。鮮やかな勧善懲悪などない静かな着地点だ。

本作は決して完全に止められない世界を我々は生きていることを突きつけるし、紛れもなく我々こそがそんな現実の関係者であると“物流”というテーマを通して届ける。この”物の流れ”を作り出しているのは我々の欲望であると明言するのだ。

言ってしまえば本作に刻まれた苦しみに黒幕はいない。センター長の五十嵐や本国アメリカにこそ悪があると言えなくもないが、それは本質とは言えない。みんながちょっとずつ抱える欲望の積み重ねがこの止まらないシステムと流れ続ける世界を築き上げたのだ。陰謀論でもなければ、悪政の話でもない。今この瞬間にも、何か良いものを求めようとし続ける我々の欲望こそがこの物語に色濃く関係していることを伝え続ける作品なのだ。


それでも踏みとどまれるのか

精神分析家のフロイトは「正常な人間がよくなすべきことは何か」という質問に対し、「愛することと、働くことだ」と応えた。この言葉は後進の精神分析家エリクソンによって『愛する存在であるという権利もしくは能力を失うほどに一般的な仕事の生産性が個人を占有してはならない』という意味に解釈されている。裏を返せば、何かを愛せなくなることは正常な状態から踏み外れていってしまうということを説いた言葉と言える。

「ラストマイル」は様々な場所で働く人々の姿を映し出す。そしてほとんどの人物が疲れた様子を見せている。ミステリ作品としてみるならば、誰がこの事態を引き起こしたとしてもおかしくない優秀なミスリードの応酬だ。しかしこの疲弊感は現実として身に迫る。息詰まる忙しなさ、ひしめく人や荷物の圧迫感に打ちのめされそうになる。

それでも働く人々は様々な拠り所を胸に生きていることも分かる。家族であったり、恋人であったり、もしくは“仕事そのものの誇り”や“前の仕事よりはマシ“という思いであったり。人間が何かを抱きしめられる愛の存在であるからこそ、働くことにも生き甲斐としての意義が生まれる。ところがそれを奪われかねない現実がこの現代においては広がりつつあることを本作は確かに伝える。

山崎佑が限界に達したのも、彼個人が仕事に占有され、愛する能力を喪失したことが原因だろう。舟渡もまた、仕事を愛し、仕事に邁進した過去を持ちながらも、仕事に飲み込まれて1度は限界を見ている。本作を通して描かれ続けるのは、働くことと愛することのバランスを保つ困難さだ。

思えば「アンナチュラル」や「MIU404」の登場人物たちもまた、仕事上の在り方と個人の選択の狭間で数多く葛藤した過去を持つ。持ち場で粛々と働く姿を見ていると、それぞれが抱える喪失感が徐々に思い起こされ、“正常な判断の側に踏みとどまれるのか”というシェアード・ユニバースを一貫するテーマが浮かび上がってくるのだ。

自分の仕事が人を救う。誇りを持って取り組んできたことが奇跡を起こす。そんな素晴らしさを謳う一方、仕事から逃れられぬ怖さも最後の一息まで刻みつけている本作。危ない、と感じた人が踏みとどまれるように。愛することが働くことに飲み込まれないように。正常な判断の側に踏みとどまれるように。全ての人々が自分の心に目を向けるきっかけとなる重要な作品でもあると思う。こうした提言が、大きなエンタメ作品として届けられた素晴らしさを真っ直ぐに讃えたいと思う。


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