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短編小説

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基本的には他サイト掲載の転載か同時掲載の作品になります。え〜と、暗めの話が多いかもです。 文字数的にはショートショートかなとも思いますが、内容は何か違うよなぁと感じてしまうので…
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記事一覧

短編小説:滲んだ光は

短編小説:滲んだ光は

 水底から見上げた空のようだ。

 涙の溜まった目で見上げた空は、軟らかそうに揺れる。青空はまるで波紋を描く水面。羊雲は波頭のよう。

 ああ、綺麗だな。

 落ちた闇の底だからこそ、他愛の無い景色を美しく思うのだろうか。

 掴んだと思っていた幸せは、呆気なく手から離れてしまった。

 共に歩くと信じていた道が、実は思い込みだと気付いたのは少し前だ。その事実に背いたのは自分。あり得ない事だと信じ

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短編小説:空色花

短編小説:空色花

 貴女は覚えているかしら。あの女学校時代の事を。私と貴女の秘密を。 

 私が貴女を見つめる。
 貴女は何時も気付いた。

 見ているだけの私に声を掛けてくれたのは貴女。とても嬉しかったのに邪険にしてしまったわ。

 でも、貴女は知っていたのでしょう。私が照れていた事を。そうでなければ、あの時、私を攫わなかったでしょうに。

 秋に行う灯火祭。
 後夜祭で灯る焔。
 揺らぐ火に騒ぐ。
 浮き立つ気

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短編小説:薄暮

短編小説:薄暮

 一面が橙に染まる。
 暖かな空が徐々に闇を孕み、
 青黒い色が光を喰らう。

 景色は次第に色褪せ、
 山の端は赤く燃え上がる。

 それが何処か血を思わせ、
 たゑの胸をざわつかせた。

 こんな時刻に出掛けるなど、夫にばれたら何と言われるか。恐らく危険だと咎められるだろう。

 臥せった夫は、煎じ薬で眠っている。起きるまでは時間がある。それまでに戻ってくればいい。たゑは夜気に着物の合わせを寄

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短編小説:隠れん坊

短編小説:隠れん坊

 久しぶりに会った親戚の面々は、やはり歳をとっていた。そんな中で比較的に若い叔父が近付いて来た。私は目立たぬように携帯を取り出し、さも電話をしなければといった体で叔父から逃げようとした。

「いやあ、立派な大人になったなぁ。旦那さんは?」

 叔父が無神経に声をかけてくる。演技がばれたのではない。単に叔父が空気を読めない人間なのだ。心の中で盛大な舌打ちをしつつも、私はにっこりと最上級の笑顔を見せた

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短編小説:蛹の夢

短編小説:蛹の夢

 真夏の暑さを超えた熱の籠もる職場。目の前では煮え立つ鍋が湯気を上げる。中には幾つもの白い繭が、糸を引かれ揺れていた。私は額に浮かぶ汗を拭いながら糸取りに励んでいるところだ。

 湯に浮き沈みする繭玉。
 糸を引かれて徐々に現われる主。
 純白な器からのぞく、
 歪で気味の悪い姿形。

 お蚕さまの一番醜悪な姿だと思う。

 糸を取った後に大量に出る蚕の蛹は、時に工女の間食として供される。口に含む

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短編小説:ここにいたい

短編小説:ここにいたい

 あなたが声をくれるから、
 私は目を開ける。

 どんな暗い時でも、
 必ず光を見せてくれる。

 例えそれが、
 どんな時代であっても。

 ※  ※  ※

 初めて出逢ったのは何時だろう。まだ私が小さな小さな稚魚だった頃かもしれない。

 あなたは水面に揺れる光。
 ふわふわと漂うだけの私。

 言葉なんて知らない。
 多分、それが最初。

 近くに居るだけで幸せを感じていた事だけは、確か

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短編小説: 初夏色ブルーノート

 初夏の陽射しに眩しい白いビル群。その中にぽっかりと口を開けたように黒く映える入り口があった。地下へと続く階段。その前にはの黒板看板が立っていた。

 喫茶:ジャズ・ハノン

 チョークで殴り書きされた文字に、何故か惹かれた。いや、店名の懐かしさに惹かれたのかもしれない。通りすがった私は吸い込まれるようにして、ほの暗い階段を降りた。

 少し古びた感じのドアを押すと、ドアベルがカランとアルトの音を

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短編小説:凍える程に貴方が欲しい

短編小説:凍える程に貴方が欲しい

 冴えた空気を斬るように響く。

 ひゅーい ひぃゅーい

 寂しく、胸を抉ってくる声。
 堪らずに耳を塞ぐ。

 古く廃れかけた獣道を敢えて選び、葛は駆けた。

 裾の短い着物。肌が剥き出した脛では下生えに負ける。葉や小枝が皮膚を擦る度に鋭い痛みが走る。だが、それよりも、自分を求める声の方が深く胸を抉ってくる。

 薄闇の中、鮮やかな色を落葉が地に注ぐ。夜露に濡れた、それらを踏みしめると、枯れ葉

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