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感想散文 #2 漫画『三日月とネコ』

「この本は壁に投げつけたりくちゃくちゃに丸めたり~にも使えます。」

そんな後書きがあったものだから、思わず抱きしめるように買ってしまった。私には珍しく漫画4巻、つまり全巻まとめ買い。

恋人でも家族でもない、猫好き男女3人暮らし。書店で働く40代お一人様女性の灯(あかり)は、30代女医の鹿乃子(かのこ)、20代のインテリアショップ勤務の男性・仁(じん)、みんなの愛猫のミカヅキと仲良く暮らしている。熊本でごく普通の人生を歩んできた灯にとって、人生で一番【普通ではない生活】をしているものの、その生活はとても楽しくて……。三日月の様に満ちていく途中の、迷えるオトナ3人といとしい猫の共同生活物語。

『三日月とネコ』ウオズミアミ

抱きしめて帰ったものの、結局抱きしめられたのは私だった。

そこにあるのは理想。信頼し尊重し合える人間との共同生活。舞台が勝手知ったる九州・熊本だということも個人的には楽しかった。地名や風景に「あらあそこね」とにこにこしてしまう。

物語は、主人公・灯(40代)を中心に、震災やセクシャリティ、独身女性ならではのプレッシャーと、繊細な軸を絡めながら進む。

生活

晩婚化と言われながらも、九州の田舎はやはり結婚は早い。大学を出た友人すら社会人2、3年目で寿退社なんてこともざらにある。20代後半ともなれば、未婚・恋人ナシの現状に周囲から圧迫されることもしばしば。

親はいつまでも元気ではないし、友人にだってそれぞれの家庭がある。病気になったら、災害が発生したら、ひとりで抱えきれない物事が起きたら、いったいどうするの?

一人で暮らす人間の永遠の(そして未解決の)命題とも言えるこれらを、この物語は静かに包括している。年齢も性別もセクシャルも異なる、恋人でも家族でもない3人で、ちょっとずつ補い合いながら暮らす様子は、新しい希望だ。

「むかつくことがあっても話したら分かってくれる信頼感」(灯談)、これを築けるのは、20代・30代・40代、それぞれの修羅場をくぐってきた3人だからじゃないかな、と勝手ながら思う。20代同士だったら、こうもいかないんじゃないだろうか。

恋愛も仕事も家族のこともアレコレと話し、寄り添い、毎日食卓を囲む。

なんて心強く、羨ましい生活だろうと、結婚も出産も願望のない私は思う。

セクシャリティ

レズビアン、ホモセクシュアル、パンセクシャル、アロマンティック…。割としっかりとした名称として、様々なマイノリティが登場する。マイノリティのキャラクターを言葉として明確にしないものが多い中、これは珍しいかも、と思った。

アロマを自認している私の心に残るのは、どうしたってつぐみちゃんと仁くんの関係性。

こんな風に受け入れてくれる人、こういう関係性があるんだな。そう素直に思えて。

「生活」と同じく、関係性に正解はなく、そしてゴールもひとつじゃない。ちゃあんと頭では理解しているものの、こうして誰かに示してもらえるのは、うっかり泣きそうになる。安心も。ありがたや。

大人になるっていいな

穏やかな物語のなかでも、ところどころに棘がある。いやむしろ棘だらけだ。独身女性への周囲からのプレッシャー。当然のように女性が仕事も生活もやめて男性のもとへ行くことが前提になっている会話。アロマンティックへの恋。思わず出たなにかを蔑む言葉や、だれかへの嫉妬。

けれども、この物語の登場人物たちはそれらを軽やかに超えていく。

怒って、あるいは黙って、価値観が異なると切り捨てて終わるのではなく、自分自身の幸せと向き合っている相手、どちらも大切にしながら進んでいく。

その柳のように強くしなやかな様子は見習い取り入れたいもので、同時に「人生を歩む中で私もその余裕をいつか身に付けられるのだろうか」と思うと、変な言い方だけれど、大人になるのが楽しみにもなった。いえもう良い歳た大人なのだけれど。

『三日月とネコ』風に言うと、これが「月が満ちる途中」ということなのかもしれない。

「欠けてるんじゃないよ、満ちる途中でしょう? 人生なんてさいごまでずっと」(鹿乃子談)

私たち、幸せになろうね。

そんな優しい気持ちになれる物語だった。


漫画『三日月とネコ』ウオズミアミ

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