ミカエルの怒り(フランス恋物語114)
予期せぬタイミング
1月27日、水曜日。
深夜、類の家から帰宅しメールチェックをすると、ミカエルからメールが届いていた。
そこには、「日本のワーキングホリデービザが取れたこと、来月には来日して東京に住み始めること」が綴られていた。
ぼくは玲子に会えてすごくうれしい。
最後の一文には、胸が痛んだ。
なぜなら、昨夜私は類と結ばれて、名実ともに本当の恋人になったのだから。
「もし、ミカエル来日の動機が私だったら、取り返しの付かないことになる。」
そう思った私は、「会社の人と恋人になったこと、来月ミカエルが来日しても会えないこと、もし私に会うためだけに来日するのなら、それはやめてほしいこと」をメールで伝えた。
去年の夏、私はミカエルとキスをしながらも、近くに住んでいるニコラを選び、彼を裏切った。
その時は許してくれたが、さすがに今回は・・・。
10月末に私が帰国した後もミカエルはメールを送り続けてくれて、来日に向けて日本語の勉強を頑張っていた。
その純粋さを想うと、彼の怒りは相当なものになるかもしれない。
un e-mail de Michaël
1月28日、木曜日。
いつもなら出勤ギリギリまで寝ている私だが、この日はミカエルからの返事が気になり、朝早くに目が覚めた。
パソコンを開くと、彼からは怒りのメールが届いていた。
それは日仏併記ではなく、シンプルな仏文だけだった。
玲子、なんで2度も僕を裏切ったの?
僕は君を許さない。
日本に行くのもやめた。
もうメールしてこないで。
さようなら。
最後の”Adieu”(アデュー)という言葉は、”もう二度と会わない”という意味の「さようなら」だ。
それを見て「今度こそ終わった」と思った。
でも仕方がない。
予測のつかない未来にまで、貞操を守ることはできないのだから・・・。
un e-mail de Erika
そしてもう1通、絵梨花ちゃんからもメールが届いていた。
絵梨花ちゃんは、去年パリに住んでいた時に色々助けてもらった親友だ。
パリと東京でそれぞれ挙式するらしく、2月14日(日)に行われる明治神宮の挙式と披露宴には私も参列予定だ。
彼女からのメールは、その結婚式に関する内容だった。
玲子ちゃん、元気にしてる?
2月14日の結婚式の件だけど、スピーチを頼んでいた友達から「仕事の都合で行けなくなった。」と連絡があったのね。
玲子ちゃん、代わりにお願いできないかな?
彼の家族や友達も来るから、日本語とフランス語の両方でお願いしたいんだ。
急で本当に申し訳ないんだけど、よろしくお願いします。
日本語とフランス語両方かぁ。
今までイベントのMC経験があるし、友人の結婚式でスピーチをしたこともあるから、日本語はいいんだけど。
問題は、フランス語のスピーチだ。
ここはやはり、フィリップに手伝ってもらうしかない。
日本とフランスのハーフである類も「俺で良かったらフランス語で話すよ」と言っていたが・・・結局私たちがフランス語で会話することはなかった。
秘められた恋
私たちが一夜を共にしてから初めての出勤日。
職場では、今まで以上に類の視線を感じた。
私も気になって、つい類を見てしまう・・・。
結果的に、”何度も目が合い、逸らす”ということを私たちは繰り返した。
微笑み合うよりはマシだけれど、それでも周りから見れば不自然だろう。
類と一緒に仕事できるのは嬉しいけど、周囲の人にバレないように振る舞うは、予想以上に大変だ。
私は、生まれて初めて職場恋愛の大変さを知った。
この日の私は、嬉しい気持ちと不安な気持ちが交錯し、なかなか仕事に集中できないでいた。
Philippe
今夜は、フィリップとカフェでのエシャンジュ(お互いの言語を教え合う会)が控えていた。
フィリップは「レディーファースト」と言って、私がフランス語の質問をする時間を前半に充ててくれた。
早速私は、絵梨花ちゃんの結婚式のスピーチの件について相談した。
私が組み立てたフランス語の原文を見て、フィリップは適切な表現に訂正してゆく。
論理的な彼が推敲した文章なら、まず間違いないだろう。
文章が完成すると、音読の練習を何度も付き合ってくれた。
「大丈夫だよ、玲子。
これで来週一緒に練習すれば、きっと2月14日の結婚式にはちゃんと読めるようになってるよ。」
フィリップに言われると、本当に大丈夫な気がするから不思議だ。
後半の日本語タイムはフリートークで、それは主にフィリップの質問攻めだった。
「レイコは彼氏のどういうところが好きになったの?」
私はボーッと類の顔を思い浮かべ、ついこんなことを言ってしまった。
「あのね、とにかく顔がカッコイイの。」
あまりにも安直すぎる返答に、フィリップは呆れていた。
「レイコ・・・君は本当に人を本質で見られないんだね。」
しまった・・・。
「違う違う、顔だけじゃない!!
営業成績1位を取るくらい仕事ができるところとか、すごく優しいところとか、私をいっぱい愛してくれるところとか・・・。」
後で他の長所を挙げても、もう遅かった。
「もういいよ。君が恋人を選ぶのに外見を重視することはよくわかった。
君がその彼と幸せでいられるよう、僕は願っているよ。」
フィリップはもっともらしく言ったが、その言葉に気持ちがこもっていないことに私は気付いてしまった・・・。
La passion de lui
1月30日、土曜日。
夜、家で寛いでいると、類から電話がかかってきた。
「玲子ちゃん、今仕事が終わったんだけど、今からそっちに行っていい?」
え・・・もう22時だけど。
「別にいいけど、ちゃんと休めてる?体、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。
そんなことより、職場で玲子ちゃんを見ながら触れられないのが、とても辛いんだ。
今夜も玲子ちゃんを抱きたい・・・。」
なんて情熱的な人なんだろう。
類がそこまで私を求めてくれるのが嬉しかった。
「いいよ・・・。待ってる。
駅に着いたら電話して。道案内するから。」
不動産屋の営業職はハードなのに、タフで寂しがり屋な類は私と一緒にいたがった。
私は今まで、ここまで会いたがる日本人の彼氏に会ったことはない。
やはり彼の半分の血がフランス人だからなのか、ただ単にそういう性格なだけなのか・・・。
その日から、類は仕事帰り、頻繁に泊まりにくるようになった。
初めは物足りなかった体の相性も少しづつ改善され、私たちはますます離れられなくなってゆく・・・。
どうか、職場の人にバレませんように。
ずっと類との関係が続きますように。
ミカエルに嫌われたことなどすっかり忘れ、私は毎日そればかりを祈るようになっていた。
しかし、因果応報とはいったもので、私も類の裏切りによりひどく傷付けられることになるのである・・・。
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