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元カレと元サヤ(フランス恋物語98)

un email de mon ex

10月31日の帰国後から11月3日まで、私は部屋探しのため東京に滞在した。

その間は、元カレ・智哉くんの部屋を借りていた。

彼は平日は出張で不在にしており、私はお世話になった最終日、部屋を大掃除をしてから実家に帰省した。

彼の家を出る際、合鍵と「何かあった時のために」と書いた携帯番号のメモを一緒に封筒にしまい、郵便ポストに入れた。

週末に自分の家に戻った智哉くんから、「すごく部屋がきれいになってて感動した。ありがとう。」とお礼のメールが来た。

元カレとは距離を取りたいと思っていた私は、それに対して何の返信もしなかった。

それ以来、智哉くんからも何も連絡は来なくなった。

des emails de Michaël

11月16日、月曜日。

やっと家のネットが繋がり、私は帰国後初めてパソコンのメールボックスを開いた。

・・・そこには、ミカエルからのメールが届いていたが、内容が新しい形式になっていた。

来年の来日に向けて、日本語を勉強すると意気込んでいる彼は、このメールから日仏併記になったが、全部平仮名の日本語初心者の文を訂正するのは大変だった。

「日本語の訂正めんどくさいから、正直フランス語だけにしてほしい。」

そう思ってしまうが、彼が日本で頼りにしているのは私だけだし、私も元日本語教師なので、彼の誤った文章をほっとく訳にもいかない。

結局毎回時間をかけて訂正し、詳しい解説付きで返信するのだった・・・。

Recherche d'emploi

11月の3週目は、就活で動いた1週間だった。

私は対面の接客業務が得意で、渡仏前はイベントコンパニオンや企業受付の仕事をしていた。

苦手なのは事務作業やパソコンで、そういった仕事は初めから関わらないよう避けてきた。

「今度は紹介予定派遣の受付募集があればいいな。」

いきなり正社員で受けるのは「入社後やっぱり違う」と思った時に大変だし、かといってずっと派遣社員なのも将来的に不安だ。

そう思った私は、「紹介予定派遣」で仕事を探すことにした。

何となくネット検索をしていると、ある派遣会社の募集が目に留まった。

紹介予定派遣【3ケ月の試用期間後、正社員登用】
業務:受付メイン、簡単な事務のお手伝い
業種:メーカー

受付だけじゃなくて「簡単な事務のお手伝い」というのが気になるけど、コピーとかお使いとかそんなレベルかな・・・。

私は今まで大手派遣会社から仕事を受けていたが、今回この仕事に応募するため、別の派遣会社に登録することに決めた。

早速派遣会社に電話をすると、派遣会社の登録、企業訪問とトントン拍子に進んだ。

最終的な採用の連絡をもらうと、来週の月曜日に初出勤が決まった。

Le échec

11月23日、月曜日。

上手く行ったのは採用までだった。

実際入社してみると聞いていた話とは違い、私に割り当てられた業務は受付メインではなく、事務8:受付2くらいだった。

また、”簡単な事務”などではなく、私の苦手なパソコンを駆使するもので、「わからないことがわからない」状態になった。

しかも最悪なことに、教育係である先輩と全くそりが合わない。

彼女は私のダメッぷりにイライラするようになり、「そんなこともできないの? 信じられない。」と辛く当たり、そのうち人格を否定するような発言までするようになっていた。

業務を担当しているのは私とその先輩の二人きりで、他に仕事を聞ける人も、困ったことを相談できる人もいない・・・。

私の心は疲弊してゆき、食事は喉を通らず、帰宅するとしくしく泣き、夜は悩んで眠れなくなった。


「ここで働き続けるのは無理だ。」と判断した私は、その週の金曜の仕事帰り、派遣会社の担当者に電話し、辞めたい旨を告げた

しかし担当者からは、「せめて初めの契約期間の1ケ月は守ってください。」と懇願され、聞き入れてもらえなかった。

・・・そんなの無理だ。

そもそも、ちゃんと業務内容を確認せず、誤った情報で仕事紹介をした派遣会社が悪いんじゃないか?

もう会社に行きたくない。

今までこういう経験をしたことがなかったので、私はかなり落ち込んだ。

La dépendance

11月28日、土曜日。

前日の夜一睡もできなかった私は、昼頃やっと眠りについた。

・・・目が覚めると外が真っ暗なことに気付き、とても悲しい気持ちになった。

「貴重な土曜日を無駄に過ごしてしまった。」

そんなどうでもいいことでも泣いてしまうくらい、私のメンタルは病んでいた。


「プルルルル・・・。」

悲しみに打ちひしがれていると、電話が鳴っていることに気付く。

・・・それは、元カレの智哉くんからだった。

「もしもし?」

少し間があってから、彼は話し始めた。

「玲子、元気にしてる?」

聴き慣れたその声はとてもあったかくて、心がゆっくりとほぐれてゆくのを感じる。

私は弱々しい声でポツリと言った。

「・・・元気じゃない。」

今まで”大人のお姉さんキャラ”でいたのに、今日の私は弱い部分を見せていた。

「大丈夫?

今用事があって明大前にいるんだけど、確か玲子ってまたこの辺に住むって言ってたよね?

今から会いに行ってもいい?」

私は迷うことなく答えた。

「うん。来て。」

いつもなら、厳しく断っていただろう。

でも、この時は誰でもいいから慰めてほしかった。

私は智哉くんに、マンションの場所と部屋番号を教えた。

Les retrouvailles

10分も経たないうちに、彼はうちにやってきた。

鍵を開けてドアを開けると、入ってきた智哉くんに抱きついた。

「玲子・・・。」

驚いた智哉くんはコンビニの袋を落とし、二人分のプリンが床にこぼれていくのが見えた。

「お願い。

何も言わずに、少しの間、こうしてて。」

私は、智哉くんの胸の中で泣いた。

「わかった・・・。」

彼は私を抱きしめ、頭をずっと撫でてくれた。


・・・気が付くと、私たちは裸になってベッドの上で抱き合っていた。

なぜこうなってしまったのか、自分でもよくわからない。

ただ、智哉くんに身も心も愛されることで、悲しい気持ちが消えていったのは事実だった・・・。


全てが終わった後、智哉くんは私の話を優しく聞いてくれた。

童顔だった顔が、いつもより頼もしく見えたのは気のせいだろうか。

そんな仕事、派遣会社が悪いんだから堂々と辞めればいいんだよ。

お金に困ったら、少しくらいなら俺が面倒見るし。」

いつになく強気なことを言う智哉くんに、私は驚いた。

彼は、私の目をまっすぐ見て言った。

「玲子・・・俺、社会人になってもうすぐ7ケ月になるんだよ。

もう子ども扱いしないで。

一応有名企業だしそれなりに大変な経験も積んだんだから、ちょっとは俺のこと頼ってよ。

この時初めて、二人の立場が逆転したことに気付いた。

「智哉くん・・・。」

智哉くんは、愛おしそうに私を見つめて言った。

「玲子、もう1回俺と付き合ってよ。

俺、やっぱり玲子のことが好きだ。

来月のクリスマス、一緒に過ごそう。

それまでには今のプロジェクトも終わって、ずっと東京にいられるようになるから。」


クリスマス・・・。

そういえば、去年のクリスマスが最後のデートだったっけ。

あの日、渡仏のために別れようとする私に、智哉くんは悲しい顔で「今までありがとう。行ってらっしゃい。」と言ってくれた。

その時の気持ちを想像すると、今度は私が彼の望みを叶えてあげる番だと思った。

「・・・いいよ。」

私の返事を聞いた彼は、もとの可愛らしい顔に戻って笑った。

「嬉しい・・・。

大好きだよ、玲子。」

そう言うと、ギュッと私を抱きしめた。


しばらくすると、智哉くんは寝てしまった。

スヤスヤと眠る彼の寝顔を見つめながら、私はこれから始まる二人の交際について考えた。

プライドが高くて、モテる彼のことだ。

私に執着しているのもきっと一時(いっとき)のことだろう。

新しい彼女候補ができれば、簡単に捨てられるかもしれない。

・・・でも、それでも良かった。

とりあえず年内、いやクリスマスまででも一緒にいられれば、それで十分だと私は思った。

Le déclaration

11月29日、日曜日。

「これ、俺の合鍵。いつでも来ていいから。

玲子の合鍵も作ったらちょうだい。」

そういい残して、出張の前乗りのため、昼過ぎに智哉くんは帰って行った。


智哉くんのおかげで平常心に戻った私は、日曜日にも関わらず、派遣の営業担当の携帯に電話をかけた。

そして、「虚偽の業務内容を伝えたそっちが悪い。私はもう出勤しない。」と言い続け、相手を諦めさせて電話を切った。

悩みから解放された私は、晴れやかな気持ちで日曜の午後を過ごすことができたのだった・・・。

tourner la page

11月30日、月曜日。

「やっぱりいつもの大手の派遣会社で仕事を探そう。

他社に浮気した自分にバチが当たったんだ。」

そう思った私は、渡仏前にお世話になった派遣会社のサイトで仕事を探すことにした。

すると、興味のある分野の仕事を見付けて、早速派遣会社に電話を入れた。


その1本の電話をきっかけに、私はまた新しい世界を知ることになるのである・・・。


ーフランス恋物語99に続くー


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