見出し画像

類先輩との出会い(フランス恋物語99)

姓への愛着

12月初旬。

「橘と申します。よろしくお願いいたします。」

東京で就活を始めてから、私はこの言葉を何度も口にした。

かつてフランスで日本語教師の仕事をしていた時は、”レイコ先生”と呼ばれていた。

しかし、日本のビジネスでは姓で呼ばれるのが常識で、帰国後の私は何度もそれを意識する場面に遭遇した。

派遣会社に行った時も、そこから紹介してもらった企業に訪問した時も、私は何度も自分の姓を名乗り、呼ばれ続ける。

その度に思う。

「もう二度と、姓は変えたくない。」


”橘”という自分の姓は、子どものころから「カッコイイ」と思っていて、ずっと愛着を持ってきた。

歴史好きの人からは、「”源平藤橘”の一つだからいいね。」と言われることもある。

前の夫と結婚した時、姓を変えるのはすごくイヤだったが、「女が変えるのが当たり前」の世の中でそれは許されないことだった。

だから、離婚して”橘玲子”に戻れた時はすごく嬉しかった。


しかし、自分の姓が旧姓に戻ったことで、周りに「離婚した」とイチイチ報告し微妙なリアクションを取られるのには、まだ28歳だった時の私は傷付いた。

「なんで女だけ、結婚や離婚で改姓しなきゃいけないんだろう。

世の中には、結婚と離婚を何度も繰り返す人だっている。

それって、別に犯罪とか他人に迷惑をかけるような悪いことではない。

男性だったら何の支障もなく今まで通り生活できるのに、なんで女だけ自分のプライベートを周りに晒す罰を受けなければならないのか。

・・・まるで、『貞女は二夫にまみえず』『恋愛に奔放な女はけしからん』という、モテないおっさん共の嫉妬がこの制度を変えない根底にあるのではないか?とさえ思えてしまう。」

私は自分が恋愛体質なので、「次再婚したとしても、また離婚するかもしれない」という可能性を自覚していた。

”橘”という姓が大好きなのはもちろん、そういった理由からも、「再婚するとしても姓は絶対変えたくない」という思いはとても強かった。


そこで、私は本気でこんなことを考えたりした。

・世の中の”橘さん”を探して、その中から結婚相手を探す。
・「玲子と結婚したいから、俺が改姓するよ」と言ってくれる人を選ぶ。
・そもそも戸籍がないので、結婚しても別姓のままでいられる外国人を選ぶ。

・・・そのうちだんだん馬鹿らしくなってきて、「やっぱり子どもは諦めて事実婚にしようかな」と考えたりする。

だから、日本の少子化は止まらないのだ。

日本の政治家のみなさんは、こういった微妙な女心も理解していただき、さっさと「選択制夫婦別姓」を決めてもらいたいと切に願う。

不動産賃貸業

渡仏前にもお世話になった派遣会社の紹介により、私は12月から3月末までの期間限定で、「不動産賃貸会社の営業アシスタント」という仕事に就くことになった。

なぜ4ケ月の期間限定かというと、この時期不動産業界は繁忙期で、新人でもいいからとにかくスタッフが必要なんだという。

その会社は全国展開しているチェーン店で、私は自由が丘店に配属されることになった。

私がこの仕事を選んだ理由は、人一倍部屋探しが好きで色んな物件を見てみたかったし、自分の得意な接客術が活かせると思ったからだ。

しかも、派遣なので営業ノルマがないのもいい。

水曜が固定休で、土日祝出勤なのがネックだが、期間限定だしそこまで気にはならないだろう・・・。

自己紹介

12月7日、月曜日。

12月の1週目に内定をいただいた後、慌ただしく3日間の研修を終え、この日が店舗初出勤となった。

初めての業界で不安も少しあったが、それよりも楽しみな気持ちの方が大きかった。

開店前の朝礼で、私は全社員の前で挨拶をした。

「橘玲子です。よろしくお願いします。」

「あぁ、橘さん、よろしく。」

40歳くらいのマイホームパパっぽい店長が、優しい笑顔で声をかけてくれる。

メンバーを見渡すと、5人いる営業担当は全員男性で、2人の事務員は女性だった。

営業マンの中の一人に、私は目が留まった。

それは、水嶋ヒロ似の超絶イケメンだがいかにもチャラそうで、「アノオトコニハ、キヲツケロ。」と、私の脳内で警戒アラートがけたたましく鳴り響いていた。

彼は、「及川類です。」と名乗った。

・・・なんだ、そのホストみたいな名前は。

やっぱりチャライじゃないか。

「及川くんは我が店舗一番のイケメンだから女性客に大人気で、いつも成績はトップなんだよ。」

店長が冗談交じりに彼を紹介した。

・・・あぁあぁ、そうでしょうよ。

でも、私は絶対に好きにならないから。

私は、「及川という男には、なるべく関わらないようにしよう」と心に誓った。

ドライブのような仕事

「じゃ、橘さんは営業の人に同乗して。

彼らから説明を聞いて、この辺の土地勘を身に付けてください。」

配属して1週間、店長の指示で私は彼らと1対1で車に乗り、自由が丘近郊の道を走ることになった。

彼らはみな親切で紳士的で、一緒に車で回るのは楽しかった。

その土地の特徴や注意点を詳しく教えてくれ、たまには冗談も言ったりして、和やかな時間を過ごした。

私は派遣で来ている女性社員なので、「何か間違いがあってはならない」という彼らの配慮も感じられ、その点でも安心していた。

チャラい先輩

12月12日、土曜日。

配属されて5日目、いよいよ及川類と車に乗る日が来た。

彼と二人きりになるのはこれが初めてだが、必要最低限のこと以外は話さないでいようと思った。

彼の横に座るとほんのりと香水のいい匂いがして、それが自分の好きな香りだったことが少し癪に障る。

私が黙っていると、及川さんの方からこう言ってきた。

「玲子ちゃん、なんでそんなに黙ってるの?

俺のこと、嫌い?」

・・・なんでいきなり”玲子ちゃん”なんだよ。

予想以上のチャラさに私は驚いた。

「別に仕事上の先輩だから、好きでも嫌いでもないです。」

及川さんはしばらく黙った後、急に真面目な表情になりこう言った。

「俺さ、よくイケメンだとか言われて勘違いされるんだけど、根は真面目でいい奴だから、覚えといて。」

それって・・・自分がイケメンであることを自慢しているのか、勘違いされて嘆いているのか、どっちなの!?

彼は自分のことを熱く語った。

「成績がいいのだって、ちゃんと不動産のこと勉強して営業トークも頑張って、結果出してるんだから。

もちろん、女性客だけじゃなくて、男性のお客さんからもしっかり契約取ってるんだよ。」

私はとりあえず相槌を打つことにした。

「・・・へぇ、そうなんですね。」

返事をした時、彼の横顔を見ると、その日本人離れした鼻梁のラインに私は魅入ってしまった。

いかんいかん、こんなことでクラクラしていては。

私の焦りなど気付くことなく、彼は自己アピールを続けた。

「俺、仕事で忙しい中勉強して、宅建の資格も一発で取ったんだ。

あのメンバーの中では若手だけど、誰よりも知識には自信がある。

だから、わからないことがあったら何でも聞いて。」

とりあえず、彼は思ったより真面目でいい人そうだということはよくわかった。

「ありがとうございます。

じゃ、わからないことがあったら聞くので、その時はよろしくお願いします。」

私が素直に返事をすると、彼はチャラ男モードに戻った。

「そうそう、玲子ちゃん。素直なのが一番だよ。」

そう言うと、左手で私の頭をポンポンと撫でた。

「ちょっと、やめてくださいよ!!」

しかし、相手がイケメンだけに、”頭ポンポン”を許してしまっている自分がいる。

・・・やはりこの男は油断ならないと、私は思った。

紛らわしい香り

土曜の今日、智哉くんは東京の自宅にいて、仕事帰りの私は彼の家に泊まりに行っていた。

11月29日に復縁して以来、私たちは元のラブラブカップルに戻ったみたいだ。


「何を作っているの?」

私がキッチンに立って料理をしていると、後ろから智哉くんが抱きついてきた。

ちょうど私の頭の位置に鼻が当たった彼は、不思議そうに聞いた。

「あれ、玲子、今日香水付けてる?」

・・・あのチャラ男のせいだ、と私は思った。

「ううん。シャンプー変えただけ。」

智哉くんはそれ以上何も聞かず、私の首筋にキスをし、服を脱がせ始めた。

私は特に抵抗せず、彼の若い欲望に応えることにした。

智哉くんに新たな刺激を与えることで、このどうでもいい疑惑を早く忘れてもらわなければ・・・。

私はこんな時でも、「やっぱり及川類に要注意」だと気付かされた。


しかし、仕事仲間は毎日長い時間一緒に過ごすわけで、若い男女はついお互いを意識し合ってしまうものなのである・・・。


ーフランス恋物語100に続くー


【お知らせ】雑記ブログも書いているので、良かったら見に来てくださいね。(オススメページをピックアップしてみました。)
1979年生まれ女子が、イエモンの魅力を語る①【初期~解散】
1979年生まれ女子が、イエモンの魅力を語る②【解散~再結成】
1979年生まれ女子がイエモンの魅力を語る③【再結成後の曲解説】


Kindle本『フランス恋物語』次回作出版のため、あなたのサポートが必要です。 『フランス恋物語』は全5巻出版予定です。 滞りなく全巻出せるよう、さゆりをサポートしてください。 あなたのお気持ちをよろしくお願いします。