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瀬戸の出戻り娘(フランス恋物語95)

帰国後のミッション

11月1日、日曜日。

パスポートを持っていたので、今日携帯を買うことができた。

日本の携帯を持つことができて、これでやっとひと安心・・・。

次の重大ミッションは、東京の部屋探しだ。

その日、不動産屋の営業マンと物件を見に行ったが、イメージとは違っていたので断った。

不動産屋に戻ると営業マンは「こんなのはどうですか?」と、私の細かい条件に諦めることなく、たくさんの間取図を見せてくれた。

その中に「これだ!」というのを見付けると「明日なら内覧できます」と言われたので、翌日のアポを取った。


11月2日、月曜日。

今日見に行った物件が住みたい部屋の条件やイメージにピッタリだったので、私は運命を感じた。

前も住んでいたお気に入りエリアの明大前、南向きの最上階、壁厚め、バストイレ別・・・。

私の事情を聞いた親切な営業マンは、「現在、就職活動中ということで、大家さんには話を付けておきましょう。保証人のお父様はまだ働いていらっしゃいますし大丈夫ですよ。」と言い、”住所不定・無職”の私でも審査にかけてくれた。

なんだかんだと親も保証人になってくれて、本当にありがたい・・・。

数時間後、不動産屋から「審査が通りました。11月14日の土曜日には鍵が受け取れます。」と連絡が入った。

現在東京で私が寝泊まりしているのは、平日は大阪出張中で不在の元カレ・智哉くんの恵比寿のマンションだ。

彼へのお礼として部屋の大掃除を終わらせ、翌日11月3日から13日までの10間兵庫県の実家に帰ることにした。


出発の朝、智哉くんちの郵便受けに合鍵を入れて出ていく瞬間、私はこの上なく晴れ晴れとした気持ちだった。

「4日間、お世話になりました。さようなら。」

もうこれで二度と会うことはない。

その時はそう思っていたのだが・・・。

帰省

11月3日、火曜日。

私の実家は、兵庫県の瀬戸内海側にあった。

海の眺めが美しく、海産物が美味しい以外は、本当に何もない所だ。

この退屈過ぎる町で、私は過保護な両親の元で育ち、26歳の一度目の結婚まで実家から出させてもらえなかった。

特に、大学を自宅からギリギリ通える神戸にしてしまったのは(というか、他が受からなかったのだが)、”人生最大の失敗”だと未だに後悔している。

親には何度も一人暮らしをしたいと主張したが、認めてもらえなかった。

「人生の中で最も美しい18歳から26歳という大事な時期を、田舎で無駄に過ごした」

そう思っている私は、ここに帰ると当時のトラウマを思い出し、何とも言えないイヤな気持ちになるのだ・・・。


夕方、JRの最寄駅に着くと、母親が車で迎えに来てくれた。

「ただいま。」

「お帰り。フランスどうやった?」

「どうやったって・・・。とにかく疲れた。」

そう・・・とにかく私は疲れていた。

親と娘の攻防

晩御飯は、私のリクエスト&なおかつ父の好物でもある焼き肉を食べに行くことになった。

帰国後初の焼き肉は、私が楽しみにしていたことの一つだった。

我が家の家族構成は、両親と一人娘の私だけである。

同居していた祖父は既に他界しており、認知症の祖母は近くの施設に預けている。

結婚してからずっと専業主婦で友達の少ない母は、私が帰ってくると、ここぞとばかりに話しかけてくる。

母は、私と話せることが嬉しくてしょうがないのだが、少し押しつけがましいところがあった。

「玲子、お母さんはあんたがフランスに行って、『フランス人と結婚してあっちに住む』って言うたらどうしようかとめっちゃ心配してたんやで。

でも、日本に帰ってきてくれてほんまに良かった。

お父さんもめっちゃ心配してたんやから。

ねえ、お父さん・・・。」

父は一言、「うむ。」とだけ答える。

父は昔堅気の頑固親父を絵に描いたような人で、私も母も昔から敬遠している。

久しぶりに娘が帰ってきたというのに、自分からは何も話そうとしない。

私もそんな父が苦手なので、あえて自分から話しかけようとはしなかった。


「まぁ、フランスに住むことはもうないと思うけど、東京には一生住むつもりやから、そのつもりでよろしく。」

私は、これを機に交渉してみた。

「うんうん、東京やったらええ。

とにかく日本にさえおってくれれば。

いざとなったらすぐに会いに行けるしなぁ。」

親からその言葉を引き出せただけでも、私はフランスに住んだ甲斐があったと思った・・・。


焼肉屋から実家への帰り道、近所にある某土地の前に車は立ち寄った。

そこは、祖父から受け継いだ空き地で、親から「玲子が地元の人と結婚してくれたら、ここに家建ててあげるのに。」と、ことあるごとに言われていた場所だった。

しかしよく見てみると、その土地は現在空き地ではなく、アパートが建設中のようだった。

「あれ?ここって空き地じゃなかったっけ?」

すると、母が寂しそうに言った。

「玲子がフランスに行って、『もう、こっちの人と結婚する気がない』っていうのがようわかったから、お母さんらは諦めたんや。

ここにアパート建てて、家賃収入貰うことにしたわ。」

それを聞いた私は、ホッと胸を撫でおろすのだった・・・。

住所不定・無職

11月4日、水曜日。

渡仏前、世田谷区から海外転出した時、職員に「転出先:フランス共和国」と書くよう指示され、帰国直後の私はまだ日本国内に住所がない状態だった。

「無職」というのは今まで何度かあったが、人生初の「住所不定・無職」と両方揃った肩書(!?)は、この日本国で生活するにおいてなんとも居心地が悪い。

賃貸契約した時も「実家の住所で住民登録して、その住民票のコピーをください。」と言われ、いかにこの国で信頼を得るのに住民登録が大事なのかを私は痛感した。

なので、実家に帰省した翌日、住民登録しに早速市役所に向かったのである。(1週間以内にまた転出することになるのだが)


私の地元は田舎すぎて市役所に行くにも車がいるので、母の運転で連れて行ってもらった。

長年ペーパードライバーの私は、車がないとどこにも行けないこの田舎加減もイヤだった。

母は車を運転しながら、私の結婚観について聞いた。

「玲子、ほんまに再婚する気はないの?

もう30歳やろ?

一生独身でもええの?」

・・・なんで、昔の人は結婚しか頭にないんだろう。

私は呆れながら反論した。

「だってまだ離婚して2年やで?

せっかく自由になれたのに、なんでまたすぐ結婚せなあかんの?」

母は折れずに、突っ込んだこともずけずけと聞いてくる。

「そんなこと言うて、あんた相手はおるんか?」

私は意地を張って、智哉くんとの関係をいいように盛った話をした。

「フランス行く前に付き合ってた東大卒の男の子、有名な商社に就職したけど、『また付き合いたい。』って言うてくれてるもん。」

「へぇ~、東大か~!! そりゃ凄いなぁ。」

”東大ブランド”は凄まじい効果を発揮するので、これで当分彼女も黙っているだろうと、私は安心した・・・。

市役所職員

市役所に着くと市民課の窓口に行き、住民登録と、住民票発行の申請をした。

心なしか、対応した男性職員の視線を感じる。

・・・あれ?この人、どこかで会ったことあったっけ?

「それでは8番で呼びますので、しばらくお席でお待ちください。」

私は、後ろの席で待っている母の隣に移動した。


母のくだらない近所の世間話に付き合っていると、不意に後ろから声をかけられた。

「あれ、玲ちゃんじゃない?」

聞き覚えのある声に振り向くと、先ほどの男性職員だった。

「???」

なおも私が怪訝な顔をしていると、彼はメガネとマスクを外し名前を名乗った。

「ほら、俺だよ。中谷謙一。」

懐かしい顔に、私は歓声をあげた。

「あぁ、謙ちゃん!!」

・・・彼は、私が高校時代片想いしていた人だった。

私たちが懐かしがっていると、後ろにいた母が顔を出した。

「玲子、この人とはどういう知り合いなん?」

すると、謙ちゃんは直立不動になり、母に礼儀正しい挨拶をした。

「あの、僕はこの市役所の市民課で働いている中谷謙一と申します。

玲子さんとは高校時代のクラスメイトで、仲良くさせていただいてました。」

すると母は笑顔になって、謙ちゃんに挨拶をした。

「あらあら、中谷くん。

確か、何度かうちに電話してきたことがあったような・・・。

うちの玲子がお世話になっております。」

そういえば、高校時代は携帯がなかったから、彼もうちに電話してくれてたっけ・・・。

すると、謙ちゃんは驚きのオファーを母にした。

「僕は31歳ですが、現在独身です。

よろしければ、今夜玲子さんをお食事に誘いたいのですが、よろしいでしょうか?」

その好青年ぶりに、母は相好を崩した。

「えぇえぇ。うちの出戻り娘で良ければどうぞ。

玲子、大丈夫よねぇ?」

母親のお墨付きをもらった謙ちゃんは、その場で私と連絡先交換した。

・・・その後、別の職員に呼ばれ、私は無事住民票を受け取った。

そんなこんなで、私は今夜、高校時代のクラスメイトとディナーに行くことになったのだった。

母の希望

帰りの車の中で、さっきの謙ちゃんについて母が語った。

「玲子、あの中谷くんって子、めっちゃ感じええやん。

しかも市役所勤めやから、将来安泰やし。

お母さん、玲子がああゆう子と結婚してくれたら嬉しいのになぁ。」

「・・・だろうね。」と心の中で言いながら、母を期待させるまいと私は反対のことを言った。

「中谷くんはただのクラスメイトやし、もしかしたら他にも友達連れてくるかもしれへんし・・・。

とにかく私は地元の人と付き合う気はないから、変な期待せんといて。」


・・・とは言いながら、高校時代好きだったクラスメイトと食事に行けるのは、すごく楽しみだった。

香取慎吾似の彼のルックスは、10年以上経っても相変わらずカッコイイままだ。

高校時代人気者だった彼が、田舎で30歳を過ぎてもまだ独身なのが謎だった。

彼がどういう意図で私を誘ってきたのかはわからない。

でも母公認だし、元クラスメイトだし、警戒することは何もないだろう。


その夜、「今から迎えに行くね。」と彼からメールが来た。

私はワクワクしながら、彼が迎えに来るのを待った。


元クラスメイトとのデートは、私に新たな気付きを与えてくれるものだった・・・。


ーフランス恋物語96に続くー


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