類先輩との夜(フランス恋物語113)
約束の日
1月26日、火曜日。
この日の仕事では、たまたま類と車で移動する機会があった。
付き合って1週間の私たちだが、職場では二人の関係を隠しているため、今まで通りビジネスライクに接するようにしている。
でも、車内で二人っきりの時は特別だ。
社名を掲げた車に乗っているのでイチャイチャはできないけれど、少し手を握ったり、恋人特有の甘い口調で話すくらいは許された。
類の香水に包まれながら、助手席で彼の横顔を眺めるのは至福のひと時だ。
フランスの血を半分引く類の鼻梁は、見とれるほど美しい・・・。
私の熱い視線に気付いた類が、からかうように言った。
「あれ、玲子ちゃん、また俺のこと見てた?」
類は超絶イケメンなので、その言葉がまったく嫌味に聞こえない。
「・・・うん、見てた。
私服姿の類も悪くないけど、スーツ姿の方がキリッとして好きだな。」
照れた表情の類が可愛い。
「そんなに見てたら、俺の顔に穴が空いちゃうよ。」
そう言うと、私の手をそっと握った。
「玲子ちゃん・・・いよいよ、今夜だね。」
私はわざとしらばっくれてみた。
「え、なんのこと?」
類は困った顔をした。
「冗談言うなよ~。
今夜、俺んちに泊まりに来てくれるんでしょ?
俺、昨日すごく張り切って掃除したんだからね。」
「あれ、そうだったっけ・・・。」
あんまりデレデレしっぱなしなのも悔しいので、たまにはこういう面も残しておかないと。
類が心配そうに聞いた。
「・・・え、もしかして今夜も帰っちゃうの?」
そう・・・その表情が好きなの。
類の切ない顔が見たくなって、私はつい意地悪を言ってしまう。
「冗談だよ。ちゃんとそのつもりでいるよ。
ちょっと類の困った顔が見たかっただけ。」
「そんな冗談言わないで。」
類は真剣な目で見つめて、私をたしなめた。
「言っとくけど、俺、もうこれ以上は待てないからね。」
スーツ姿の類にそんなことを言われると、ドキドキが止まらなくなる。
「ごめんなさい。
本当は私、今夜類と一緒に過ごすの、すごく楽しみにしてる・・・。」
私の素直な言葉に、類は感動したようだった。
「玲子ちゃん、嬉しいよ。
俺、本当に玲子ちゃんが大好きなんだ。
できることなら、今すぐ抱きしめたいくらいだよ。」
そう言うと、類は私の手を強く握るのだった・・・。
Chez lui
定時上がりの私は一旦帰宅して、お泊まりの用意をして出かけた。
20時に三軒茶屋駅で待ち合わせると、類は得意そうに宣言した。
「玲子ちゃん、今夜は俺が料理作るからね。」
・・・え、類ってイケメンな上に料理もできるの?
私はそんなに料理が得意ではないので、彼氏が料理上手なのはかなり嬉しい。
「本当?すごく楽しみだなぁ。」
材料を買いにスーパーに寄ってから、類の家に向かった。
類とスーパーに行くのは初めてで、それだけでも私は嬉しかった。
類の住むアパートは、駅から徒歩10分の住宅街の中にあった。
「これが類の部屋か・・・。」
彼の部屋は一人暮らしにしては広く、モノトーンのインテリアで統一されたオシャレなものだった。
三軒茶屋でこの広さなら、結構な家賃がかかりそうだ。
店内で営業ナンバーワンの成績だし、それだけたくさん稼いでいるのかしら。
「ねぇ、類のうちがどんな感じか見てもいい?」
「いいよ。」
類は立ち会うこともせず、無防備にキッチンで料理を始めた。
私は探偵になった気分で、寝室の棚や洗面所など、見えるところに女性の影がないか隈なくチェックした。
しかしそれらしき物は皆無で、彼の言った通り女っ気はない。
事前に片付けることもできるけど、彼の様子からも、これは信じて大丈夫そうだと思った。
Le dîner
「お待ちどうさま。」
類が作ってくれたのは、オムハヤシライスとスープ、サラダのセットだった。
料理の盛り付けは上手で、器や箸などもセンスがよく、まるでカフェに来たみたいだ。
「わ~、すごい。本格的だね。」
私が一番感動したのは、絶妙な半熟具合のオムハヤシライスだった。
見た目だけでなく味もすごく美味しくて、予想以上のレベルに私は驚いた。
「本当に美味しいよ。お店の料理みたい。」
褒められた類は照れながら言った。
「ありがとう。
母親に『男も料理できなきゃだめ』って子どもの頃から仕込まれたんだ。
大人になって、その言葉の意味がわかったよ。
普段は俺、ちゃんと自炊もしてるんだよ。」
なんて素晴らしい教育方針!!
類のお母さんはフランス人なので、やっぱり日本人の母親とは考え方が違うんだろうか。
類は、イケメンなだけでなく仕事も料理もできて、そんな人の彼女になれて私は幸せ者だと思った。
sur le lit
その夜、類の官能的なキスで”faire l'amour”は始まった。
「玲子ちゃん・・・愛してるよ。」
類が裸になると、香水の香りと体臭が混じり合い、よりセクシーなものに変わった。
間接照明に照れされた類の顔は、うっとりするぐらい美しい。
私、今から、こんなにカッコイイ人に抱かれるんだ・・・。
去年の10月、ミカエルという美しい青年に抱かれた時も感動したが、映画の世界みたいでどこか現実味がなかった。
でも、相手がハーフながら日本人っぽい類だと、リアリティがあって興奮する。
類に強く抱きしめられながら、私はこれから繰り広げられるであろうめくるめく世界に期待した。
しかし・・・いざ始まってみると、何かが違った。
その容姿ゆえモテまくって、今までたくさんの女性を泣かせてきた類。
期待値が高すぎただけに、彼のセックスは少し物足りなく感じられた。
私は類の愛撫に応えながらも、残っている冷静な部分で、肉食系の友人・美月ちゃんが残した名言を思い出していた。
「玲子ちゃん、イケメンでモテすぎる人は、意外とH上手くなかったりするよ。
こういう人ってどんどん女が寄ってくるから、女性を悦ばせようって努力する必要がないんだよね。
あと、一人と付き合う期間が短いから、テクニックを磨く機会が少なかったり・・・。」
百戦錬磨の美月ちゃんらしく、彼女の言うことは説得力がありまくりだ。
あ~、そのパターンかぁ・・・。
あと、前の北原さんが”女性を悦ばせよう”という奉仕精神の強い人だったから、そのギャップが大きかったのかも。
そういえば私、北原さんと最後にしてから1ケ月経ってないもんな。
・・・でも、いい。
類には、その足りない技術を補うだけの、”視覚”という刺激がある。
切ない表情の類はなんともいえないくらい扇情的で、私の性欲をかきたてた。
「この表情の類を見られるのは、私だけ・・・。」
その優越感は、何よりも私を興奮させる。
そんな私の思惑など気付くこともなく、類はまもなく絶頂に達しようとしていた。
「玲子ちゃん・・・・愛してるよ。」
始まりの時とまったく同じ言葉をつぶやいて、類は私の上で果てたのだった・・・。
Bonne nuit
その夜、類の綺麗な寝顔を見つめながら、私は美月ちゃんの格言を思い出していた。
「相手の技術がイマイチでも、上手く教育すれば伸びる可能性もあるよ。
ただ、男の人ってプライドが高いから、気付かれないよう導かなきゃいけないのが大変だけどね。」
年下の彼氏ならそういった経験もあったけれど、同い年の類に教えるのは至難の業だな。
でも、体の相性だけがすべてじゃないし、超絶イケメンで優しいしまぁいいか。
何よりも、この人は私をすごく愛してくれている・・・。
私も類のことは大好きだし、もっと彼を愛したいと心から思った。
「類、おやすみ。大好きだよ。」
私は類にキスをすると、その胸に顔をうずめて幸せな眠りについた・・・。
dans la chambre
1月27日、水曜日。
朝、私の方が先に目覚めた。
隣には、美しい顔で眠っている類がいる。
「あぁ、この人が私の彼氏なのか・・・。」
大好きな先輩と初めての朝を迎え、私は感慨に耽っていた。
しばらくして、類が目を覚ました。
私に「おはよう。」とキスをすると、素直に自分の欲望を告げた。
「朝起きて、横に玲子ちゃんがいるのがまだ信じられないんだ。
もっと玲子ちゃんを感じたいから、もう1回してもいい?」
「類・・・。」
明るい部屋で体を見られるのは恥ずかしかったが、それ以上に類のあの表情が見たくて、私は「いいよ。」と答えてしまった・・・。
結局この日は一歩も部屋を出ないまま、終電ギリギリまで類と愛し合ってしまった。
「玲子ちゃん、愛してる。
俺、玲子ちゃんを抱く度にどんどん好きになってゆくよ・・・。」
類はいつも惜しみなく、私に愛情表現をしてくれる。
この二日間身も心も愛されて、私はやっと”チャラ男”類への不安が払拭された気がした。
un e-mail de Michaël
その夜、ルンルン気分で私は帰宅した。
「やっと本命の彼氏ができた。
相手は近くに住む日本人(※ハーフだけど、国籍は日本だと言っていた)で、職場も一緒だから毎日会える。
同い年で『私のバツイチも気にしない』と言ってくれたし、二人の間には何の障害もない。
あぁ、今度こそ長続きしきそうだ。
本当に良かった・・・。」
・・・しかしそんな時に限って、他の男から「どちらを選ぶか選択を迫られる」連絡が来てしまう。
パソコンのメールチェックをすると、ついにミカエルから”来日を告げるメール”が届いていた。
玲子、ぼくはワーキングホリデーのビザを手に入れた。
来月日本にいって、東京にすむよ。
ぼくは玲子に会えてすごくうれしい。
「あぁ、どうしよう・・・。」
私はすっかりミカエルのことを忘れていた。
思ったよりも彼の来日が早くて焦った。
私は、未来が不確かなミカエルとの愛と、手に入れたばかりの類との幸せを、天秤にかけてみた。
その眼裏(まなうら)には、映画のような残像しか残らないミカエルより、さっきまで愛し合った類の姿が生々しく蘇る。
ミカエル・・・ごめんなさい。
変わらぬ愛を誓ってくれるミカエルには申し訳ないけど、より確実に交際を続けられる類を、私は選びます・・・。
もし、ミカエルの来日の動機が私であるならば、それは取り返しのつかないことになってしまう。
そう思った私は、「ミカエルに偽るのをやめて、事実を告げないと」と思った。
ミカエル、ごめんなさい。
同じ会社の人を好きになって、彼と恋人になりました。
あなたが来月日本に来ても、私は会えません。
もし、私のために日本に来るのなら、来日をやめてください。
本当にごめんなさい。
最後に、あなたの幸せを祈ります。
罪悪感でいっぱいになりながら、私はミカエルへの文章を考えた。
いつもなら彼の日本語学習のために日仏併記で送るのだが、そんなお節介も余計な気がして、今回はシンプルにフランス語の文だけにした。
何度も文章を読み返した後、「えいっっ!!」と気合を入れて送信ボダンを押した。
果たしてミカエルは、こんな私を許してくれるのだろうか?
来日を取りやめるのか、私の存在は関係なくそのまま計画を続行するのか、どちらなんだろう。
「遠距離は付き合っているうちに入らない」というマイルールのもと、自由気儘に恋する私にとって、ミカエルはあまりにも純粋すぎたのだった・・・。
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