類先輩の告白(フランス恋物語111)
un e-mail de Michaël
去年の7月に出会って以来、ずっと私を好きでいてくれているフランス人の美青年・ミカエル。
初恋の人、エドワード・ファーロングにソックリな彼は、私にとって奇跡のような存在だ。
10月末に私が帰国して以降も、週に1~2回はメールを送ってきてくれる。
彼は日本語を猛勉強中で、平仮名と片仮名だったメールも、最近は少しづつ簡単な漢字も混じるようになってきた。
小学一年生のような文章の中に、私の名前を漢字で”玲子”と書いてくれて、その二文字からは彼の愛が感じられた。
今年、ワーキングホリデービザで来日を目指す彼は、ビザの申請は既に済ませて結果を待っているところだという。
・・・それでも、ミカエルの存在は相変わらず遠いままで、私は彼のために恋人を作るのをやめようと思えなかった。
「ミカエル来日の日が決まったら、その時に考えよう。」
そう言い訳しては、目の前にある恋に手を伸ばそうとしている。
彼には悪いが、今の私は、毎日職場で会う及川さんのことが気になって仕方ないのだった・・・。
初ディナーの約束
1月18日、月曜日。
クレーマー客に当たって落ち込む私を、及川さんは気分転換にと等々力渓谷に誘ってくれた。
豊かな自然に囲まれた遊歩道で、私たちは初めて手を繋いで歩いた。
彼はそこで何か言おうとしたが、店長からの電話で遮られた。
「仕事中だと、なかなかゆっくり話す時間なんてないね。」
そう言った彼は、翌日のディナーに私を誘い、そろそろ彼と向き合わなきゃと思った私は「行きたいです。」と返事した。
こうして、私たちは初めて外で会うことになったのである。
Le bistro
1月19日、火曜日。
及川さんが指定したビストロは、渋谷駅から文化村通りを進み、東急本店の先を少し歩いた所にあった。
この辺りは”奥渋谷”と呼ばれ、最近若者に人気のエリアなんだという。
ビストロに着いてみると、外観は隠れ家っぽくて、デートに良さそうな雰囲気だ。
さすがチャラ男、店の選定にも余念がない。
中に入ってみると、解放感たっぷりの吹き抜けの空間と、南仏を連想させる温かみのあるレンガ調の内装がいい。
スタッフに及川さんの名前を告げたが、彼はまだ来ていないらしく、私は先に席に通された。
お店ススメだというスパークリングワインを頼み、私はフランス語のテキストを開いた。
帰国後、私がフランス語に触れるのは、週に1回のフィリップとのエシャンジュ(※外国人同士が言語を教え合う会)と、ミカエルとのメールのやりとりくらいだ。
「フランスに行った成果」を何も残していない私は、6月に行われる仏検2級を受検しようと考えていた。
「遅れてゴメンね。」
15分ほど遅れて、及川さんは席にやってきた。
そして、私の持つテキストに注目した。
「あれ、玲子ちゃん、フランス語勉強中なの?
しかも仏検2級って凄いじゃん!!」
そこで私は、去年10ケ月間フランスに住んでいたことを初めて彼に話した。
まさか"フランス"が、二人の絆を深めるものになるとは、夢にも思わずに・・・。
ここの料理は日本人向けのビストロで、どれも食べやすいメニューばかりで美味しかった。
また盛り付けがオシャレで、味だけでなく見た目も楽しませてくれるところが女性に嬉しい。
真っ赤なワインを傾けながら、及川さんは言った。
「玲子ちゃんがフランスに住んでいたなんて全然知らなかったよ。」
私もお揃いのワインを飲みながら答える。
「フランスに行ったところで、そんなにフランス語が話せるわけでもないし、本当に遊びに行ったようなものだから・・・。
及川さんは、フランスに行ったことはありますか?」
私が尋ねると、彼は驚きの発言をした。
「実は俺、ハーフで、母親がフランス人なんだ。
だから、フランスには2~3年に1回は行くよ。」
・・・日本とフランスのハーフ!!
私はここでやっと、彼の日本人離れしたイケメンすぎる容姿と、”類”というホストっぽい名前の理由がわかった。
なるほど・・・だからか・・・。
「じゃあ、なんで及川さんはハーフっていうことを職場で隠してるんですか?」
彼はさらりとその理由を言った。
「別に隠してるわけもないけど、わざわざ自分から言ってひけらかすことでもないでしょ?
もともとイケメンって言われてるのに、その上ハーフとか言ったらさらに調子に乗ってるって思われそうで・・・。」
確かに、水嶋ヒロ似の彼の容姿だと、言われなければハーフかどうかわからないラインだろう。
それにしても、自分でイケメンという点を否定しない性格は、彼が持つ気高きフランス人のDNAゆえか。
まぁこれだけカッコよかったら、否定すると嘘くさくなるもんな・・・。
「そうなんですね。
イケメンにも、イケメンゆえの悩みがあるんですね・・・。」
私は、自分にはとうてい理解できないであろう彼の悩みを、とりあえず同情してみた。
及川さんは、自分の苦悩を赤裸々に吐露し始めた。
「俺だって、別に好き好んでこの顔に生まれたわけじゃない。
子どもの頃から特別な目で見られて『調子に乗ってる』っていじめられたり、女子にはモテても男子には嫌われたりして結構大変だったんだよ。
だから、チャラ男キャラになることで笑いを取って、なるべく敵を作らないようにしてきたんだ。」
私は、美月ちゃんが言っていた「彼のチャラ男キャラだって、周りに求められて演じているのかもしれないよ。」という言葉を思い出した。
そっか・・・及川さんの”チャラ男”キャラは彼なりに編み出した処世術で、本来の姿ではないんだ。
そうとは知らず、初対面のイメージで及川さんにずっと冷たく接していたことを私は反省した。
「そうだったんですね・・・。
私、及川さんの第一印象がチャラ男”だと思って、冷たく当たってました。
すみません。」
彼はその言葉にホッとしたようだった。
「なんだ・・・良かった。
俺、玲子ちゃんに嫌われてるのかと思ったよ。」
私は強く否定した。
「そんなことないです!!」
彼はいじわるな質問をした。
「じゃあ、好きなの?」
そう言われると、言葉に詰まってしまう。
「そ、それは・・・。」
及川さんはいたずらっぽく笑うと、私の頭を撫でた。
「冗談だよ。
まだ、俺のこと少ししか知らないのに、好きとかわかるわけないよね。」
そして真剣な表情になると、こう宣言した。
「でも、これだけは言っておく。
俺は、玲子ちゃんのこと好きだよ。」
そうなんだ・・・。
彼の愛の言葉は、素直に嬉しかった。
私もちゃんと自分の気持ちを伝えなきゃ。
「私も、及川さんのこと好きです。
初めはチャラ男だと思って警戒してたけど、毎日一緒に仕事をしてゆくうちに、尊敬するところをいっぱい見付けたし・・・。
私が失敗してもフォローしてくれたり、その度に励ましてくれて、どんどん好きになっていきました。
でも・・・こんなにイケメンなのに、本当に彼女はいないんですか?」
私の質問に彼は苦笑した。
「みんな『どうせ彼女いるんでしょ。』って言って、寄ってこないよ。
玲子ちゃんが心配するほど俺はモテないから大丈夫。」
彼は手を伸ばして私の頬をそっと撫でた。
あぁ・・・そんな優しい笑顔をされるとキュンとしてしまうではないか。
「じゃ、俺たちは両想いってことでいいんだね?」
私はその手に自分の手を重ね、はにかみながら返事をした。
「・・・はい。」
「じゃ、改めてこれからよろしく。」
そう言うと、彼は私にキスをした。
「あ・・・。」
そうやってスマートにキスできちゃうところはフランス人っぽいんだから。
及川さんに素敵なキスをされて、今夜飲んだワインのように私のハートも真っ赤に染まったのだった・・・。
Le promenade
ビストロから渋谷駅までの道のりを、私たちは手を繋いで歩いた。
彼の香水の匂いにうっとりしながら、私は思う。
もしかしたら気付かなかっただけで、私たちはずっと前から惹かれ合っていたのかもしれない・・・。
「ねぇ、玲子ちゃん。一つお願いがあるんだ。」
「何ですか?」
及川さんはちょっと恥ずかしそうに言った。
「俺たち、同い年でしょ?
二人でいる時ぐらい、”類”って呼んでくれない?
あと、そんな敬語じゃなくていいよ。」
さっき私たちは同い年ということを確認していた。
同い年というだけで、こんなに親近感が沸くのはなぜなんだろう?
「え~、先輩なのにいいんですか?」
「いいんだよ。玲子が”類”って言うの聞きたい。」
「じゃあ・・・類。」
”類”は嬉しそうに微笑んだ。
「大好きだよ、玲子ちゃん。」
そう言うと、私を強く抱きしめるのだった。
渋谷駅で別れる前、類は明日の予定を聞いた。
「玲子ちゃん、明日休みでしょ?
どこかデートしない?」
明日か・・・。
「明日は、14時から17時にフランス人の友達とエシャンジュの約束をしているけど、その後だったら空いてます。」
「そっか、”échange”ね。」
「さすが・・・。類は”échange”の意味がわかるんだね。」
彼は少し得意そうに言った。
「当たり前だろ。母親の実家に言けばオールフランス語なんだから。
・・・とか言って、俺もライティングととリーディングは苦手だけどね。
そうだ、俺で良かったらフランス語の話し相手になるよ。」
「C'est vrai?」(本当?)
「bien sûr!!」(もちろん)
発音もネイティブだし、とっさにフランス語で切り返す類が、急にフランス人っぽく見えてくるから不思議だ。
「じゃ、明日の夕方、どこで会いましょうか?」
類は少し考えてから言った。
「そうだな・・・。俺んち三軒茶屋なんだけど、近くに来ない?
キャロットタワーの展望台の眺めがいいし、オシャレなお店もいっぱいあるからさ。
あ、いきなり『うちに来て』とか言わないから、心配しなくて大丈夫だよ。」
チャラ男な外見とは裏腹になかなか真面目なことを言うから、笑ってしまう。
「わかりました。では、17:30に東急の三茶の駅で待ち合わせましょう。」
「じゃ、また明日ね。」
私たちはお別れのキスをすると、それぞれの家路に帰って行った。
Philippe
明日のエシャンジュの相手は、毎週水曜日に会っているフィリップだ。
彼はネイティブのフランス人だし、誠実で真面目な性格で、エシャンジュの相手としては申し分なかった。
でも、水曜日は不動産屋の定休日という貴重な休みだ。
これから毎週類とデートすることになるのなら、この日程も変えてもらった方がいいだろう。
明日、その話をフィリップにしようと私は思った。
しかし、それを聞いたフィリップの反応は私の予想に反するものだった・・・。
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