エピローグ(フランス恋物語128・最終話)
10ans plus tard
東京でのミカエルとの再会から10年後・・・。
早いもので、41歳になっていた。
私は今、東京にある自宅のリビングでパソコンに向かっている。
31歳からの約10年間、私は不動産の営業の仕事に邁進した。
3年後には宅建の資格も取り、続けていくうちに営業成績もトップを取るようになっていた。
その仕事はとてもやりがいがあったが、30代の後半になると、私は辞めることを考え始めていた。
「子どもの頃から憧れていた作家の仕事がしてみたいな・・・。」
40歳を過ぎ、”人生の折り返し地点”を意識した時、思い切って不動産会社を退職した。
L'histoire d'amour de la France
そして今・・・私は作家として初めての小説『フランス恋物語』を書いている。
作家活動を開始後は、自分の趣味と知識を活かし、旅行記、音楽レビュー、歴史考察など様々な記事を書いてきた。
しかし、私が一番書きたいと思っていたのは”、恋愛小説”だ。
特に、「フランス留学時代の体験を元に恋愛小説を書きたい」と、ずっと考えていた。
・・・私は28歳の離婚で一人暮らしを始めるまで、実家や夫の監視のもと、自由のないがんじがらめの生活を強いられてきた。
離婚後は、それまでの鬱屈を晴らすかのようにたくさんの恋をした。
私の青春は普通の人より遅く、アラサーで花開いたのだった・・・。
特にフランスに住んでいた期間と帰国直後は、たくさんの異性と出会い、恋をし、数えきれない思い出を残した。
私はそれらのエピソードを、ガールズトークのネタとして友達に披露した。
興味深そうに聞いた彼女らは、みんな最後にこう言った。
「玲子ちゃんの恋愛体験談、すごく面白い!!
文才もあるし、いつか小説にして書けばいいのに。」
「え~、そんなの無理だよ・・・。」
・・・せっかくの褒め言葉だったが、私はいつも後ろ向きな返事をしていた。
その時は、恥ずかしさもあったし、「私なんかに小説が書けるわけがない」と思いこみ、それらの思い出は自分の胸の奥にしまい込んでいたのだ。
でも・・・「フランスで恋をする」というかけがえなのない体験を、自分だけのものにしておくのはもったいない、たくさんの人に知ってもらいたい・・・そんな思いが眠り続けていたのも事実だ。
作家として一歩を踏み出した今、今まで自分が経験してきたことは何よりの財産となり、強みとなるだろう。
この数年間で体験した、たくさんの恋の記憶には、トキメキがあり、涙があり、怒りがあり・・そして偉大な愛がある。
そう思った私は勇気を出して、あの時の出来事を小説として残すことに決めたのだった。
執筆は思ったより早く進み、いよいよ終わりを迎えようとしている・・・。
Mon mari
「何を書いているの?」
ふと、ベッドルームから出てきた夫の声がした。
自営業の彼は、今日は休みだ。
「今、恋愛小説を書いてて、もうすぐ終わりそうなの。」
彼はコーヒーを沸かしながら言った。
「そっか。朝早くから作家活動頑張ってるね。
それにしても・・・不動産の仕事を辞めた時は本当に驚いたよ。」
私は、彼の方を振り返りながら言った。
「だって、『あなたが独立して店を持って、それが軌道に乗ったら、私は不動産の仕事を辞める』って、ずっと前から言ってたでしょ?
前は私が支えていたけど、今度はあなたが支える番よ。」
彼は私の言葉に苦笑した。
「わかってるよ。
玲子はずっと営業で頑張って、いっぱい稼いでくれてたもんね。
僕は日本に来てから、ガレット屋とモデルの仕事を掛け持ちしてたけど、あの時は、玲子の収入に全然及ばなかったもんなぁ・・・。」
フランスから来日して10年以上経った彼は、すっかり日本語が上手くなっていた。
今は日本語が私たちの日常会話となっている。
「そんな頃もあったよね・・・。
私が32歳で結婚する時、親があなたを気に入って東京にマンションを買ってくれたから、生活もだいぶ楽になったけど。
本当に、よくここまでなんとかやってこれたと思うわ・・・。」
ミカエルは私を後ろから抱きしめた。
「玲子には子どもも諦めてもらったし、色々迷惑かけたね。
本当にごめん・・・。」
私は、彼にキスをして言った。
「いいのよ。
私はミカエルがいれば、それで幸せなんだから。
二人っきりだからこそ、こうやってずっと恋人気分でいられるんでしょ?」
まだ32歳の彼は、見とれるような美しい笑顔で私を見つめた。
「ありがとう。
そうだね、僕も玲子さえいれば他に何もいらない。
玲子と結婚してこうして一緒にいられるだけで、本当に幸せだよ。」
・・・私たちは、お金もないし、子どももいない。
でも、二人でいられればそれだけで幸せだった。
それは、”恋愛至上主義な自分”にピッタリの人生のように思えた。
しばらく抱き合った後、彼は思い出したように言った。
「そういえば、恋愛小説ってどんな話なの?」
私は「来たか!」と少し身構えた。
「私、29歳の時にワーキングホリデーでフランスに行って、トゥールやパリに住んだでしょ?
その時に、色々経験した恋の話。
帰国後の話も少し書いたけど。」
ミカエルはその小説に興味津々だった。
「え、じゃあ僕も出てるの?
面白そうだね。見せて。」
彼にこの小説を見られるのは、少し抵抗があった。
「別にいいけど。
私、恋多き女だったから、ミカエルが読んだら嫉妬するかも・・・。」
彼は笑いながら言った。
「何言ってるんだよ!?
玲子が遠距離を理由に、他の男と付き合ってきたのは、僕が一番知ってることじゃないか。
別に過去の恋愛はどうだっていいんだよ。
玲子はたくさんの恋を重ねて、どんどん美しくなって、魅力的な女性に変わっていったんだから・・・。
そして、最終的には僕の奥さんになって、今、僕を愛してくれている。
それって、最高なことだと思わない?」
私は胸が熱くなった。
ミカエルは結婚後9年経っても、こんなに私のことを愛してくれている・・・。
私はこの人と結婚して、本当に良かったと思った。
La lecture
「そこまで言ってくれるなら、読んでもいいよ。
でも、いっぱい漢字があるけど、大丈夫?」
彼は日本語の会話は難なくできたが、漢字はまだ苦手なところがあった。
ミカエルは甘えながら、こんなリクエストをした。
「じゃあ、玲子が読んで。
僕は、玲子の声も、玲子が発音する日本語の響きも、とても好きなんだ。」
そこまで褒められたら、断れなくなってしまう・・・。
「わかった。
言っとくけど、100話以上あるからいっきに全部は無理だからね。
とりあえず今日は第一話だけ。
私が、前の夫と結婚していた時の話からだよ。」
「うんうん。」
ミカエルは目を輝かせながら、私の朗読を待った。
私は一つ深呼吸をして、『離婚を決めた新婚旅行』の冒頭を読み始めた。
それは、長い長い恋物語のほんのプロローグに過ぎない・・・。
ーフランス恋物語・終ー
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