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#夏

最高の夏のランチ、あるいは、カリフォルニア・ガール

最高の夏のランチ、あるいは、カリフォルニア・ガール

その年の僕の夏は、デイヴ・リー・ロスの歌う「カリフォルニア・ガール」で始まった。

僕は、単位を 2 つだけ残して留年していて、週に 1 回大学に行けばいいだけ、という暮らしを半年していた。仕送りを止められていたので、なるべくお金を使わないように、授業やアルバイトのない日は、あまり出歩かないようにしていた。

僕が下宿していたアパートはとても家賃が安いのにしっかりした 2 階建ての鉄筋のアパートで

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3年の暑い夏の夜と赤いストラトキャスターとの関係性について

3年の暑い夏の夜と赤いストラトキャスターとの関係性について

大学3年の夏休みが始まろうとしていたある日、バイト上がりの僕は、理学部で同級だった後藤君の下宿でゴロゴロしていた。テレビでは Live Aid の映像が流れていた。

エアコンのない暑い部屋でビールを飲みながら見ていると、エルビス・コステロがメイプルネックの赤いストラトを持ってひとりでステージに上がってきた。そして、ギターをアンプにつなぐと、

「イングランド民謡を歌うよ」

と、ギターを弾き始め

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象との夏。―  あるいは、スウィート・ホーム・アラバマ

象との夏。―  あるいは、スウィート・ホーム・アラバマ

「ビールが美味い季節になってきたね」 と僕が言った。

「まぁ、僕の故郷では年中こんな感じさ」 と象は教えてくれた。

「夏が来ると、故郷が恋しくなったりしないかい?」

「年中、恋しいさ。でも、ここでこうやっているのも悪くはないよ。
暑い夏が来てビールを飲んだら、どこにいても君は僕のことを思い出してくれるだろう?
もし僕が忘れられて箪笥の隙間に落っこちて埃だらけになっていても、きっと君は僕を思い

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アイスコーヒーによって導かれる記憶の輪郭について

アイスコーヒーによって導かれる記憶の輪郭について

どうしてもアイスコーヒーが飲みたくなったのだが、深煎りのマンデリンを切らしていた。

半分空けたブラインドから見える7月の終わりの景色は太陽で真っ白に塗りつぶされていた。そんな中、豆を買いに行く気にもならず、僕は仕方なくマンデリンの生豆を深目にローストして挽き、氷を一杯入れた銅のマグカップに落とした。
氷がカップの中で「ちりちり」と音を立てて解けた。

アイスコーヒーを三分の一くらい飲んでから、僕

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暑い夏の終わりに。

暑い夏の終わりに。

暑い日だった。
車をパーキングロットに停めて、大通りに繋がる細い路地を歩いた。

晴れた日にこの路地を上を見ながら歩くのが好きだ。
路地では両端のビルの形に合わせて細長くなっていた空が、大通りに出た瞬間に開放される。
周りの空気が薄くなったような気がするほど爽快で広い空。

「この景色を見たら、君はなんて言うだろう?」

その答えを今は聞けない。

  ・・・

街路樹の影に入って、信号が青に変わ

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Isolation、夏の入り口の屋上にて。

Isolation、夏の入り口の屋上にて。

あれは、僕が大学に入りたてで、まだ「学生寮」に入っていた頃のことだ。
田舎の大学だったけど学生寮はさらに田舎にあった。
夜のアルバイト上がり、終バスまでに乗って帰るというプランはほぼ絶望的で、夜遅くに人のいない田舎道をとぼとぼ歩いて帰るのが日課になるようなところだった。
当時、寮にはエアコンがなく、夏になると暑すぎる部屋を出て屋上で風に当たっていたのだけど、周りは山と田んぼばかりだったのでそれでな

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