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鳥取で聴いた和歌山ブルース

怒涛の10連休が幕を開けたその日、清水さんと私はリュックを背負って早朝に和歌山を発ちました。ゴールデンウィークの時期は青春18きっぷの鉄道取材をすることが多いですが、今年は京都から鳥取まで山陰本線のルポです。
女性同士の旅だと「電車でしゃべり通し」のイメージがあるかもですが、私たちはそんなことはありません。車両も別々で出発しますよ、仕事だし。
電車を乗り換えるタイミングにホームで見かけたら「おはようございます」と挨拶してまた解散。そして次のホームで会ったら「今日は寒いですね」と首をすくめてぼそっと言葉を交わすのです。

京都駅からの電車は混んでいたので、ここで初めて横並びに座り、資料を見ながら小声で打ち合わせをしつつ福知山駅まで。さらに乗り換えて豊岡駅で駅弁を購入し臨時列車の山陰海岸ジオライナーに乗りました。(山陰海岸ジオライナーは快速電車なので、青春18きっぷでも乗れます)
まずは車内で但馬牛の駅弁を撮影してから遅めのランチ。

この路線は景勝地を走行するので海辺の奇岩なども満喫できますが、高さ約40メートルの余部橋梁もみどころです。
餘部駅で電車を降り、撮影ポイントを探して山に登り、次にやってくる電車をひたすら待つ。「来た」と清水さんが言い、私はその後ろから覗き込む。トンネルを抜けて橋上を走行してくる山陰海岸ジオライナーは空中を行く銀河鉄道スリーナインのようでありました。(原稿にもそう書きましたが、編集部で削除されたかも)

再び乗車。
清水さんは車内を移動しながら撮影をしていましたが、私はぼんやりと車窓の風景に酔っていました。太平洋沿岸に住む者からすれば、日本海の風景は異質で心惹かれるものです。グレーに曇った空と、強い風と高い波。整然と並ぶ日本家屋の瓦屋根。すべてが新鮮で美しく……。

しばらくして、ふと、目の前を横切った風景。
息を止めてそれを見送ってから、私は清水さんに言いました。
「清水さん、私さっき面白いもの見たんです。帰りに車内からぜひ撮ってください」
事情を話すと清水さんは「わかりました」と言ってくれたので安堵しました。

そして鳥取駅に到着。宿泊先は鳥取駅前のお安いビジネスホテルです。
互いに空腹だったので、到着してすぐ晩御飯を食べに夜の街に出ました。人気を集めていたのは炉端焼き屋や海鮮居酒屋。疲れてもいたし、そういうわかりやすい店に入る案もあったのですが「ささゆりとして、それはあかんやろ」という話になりました。
さらに歩くと、歓楽街の一角に小さな間口の店があり、使い込まれた電光看板に「おにぎり お茶漬け 定食」の文字が縦書きでいぶし銀のように鈍く光っていました。
「おにぎり、お茶漬け、定食ですよ!これは惹かれますよね」と清水さんが声をはずませました。晩御飯はお酒のアテだと考えている私は「いや、惹かれない」と思いましたが反射的に頷きました。

戸をあけると白衣を着た初老の大将がカウンターの奥にいて、ぎょっとした顔で「いらっしゃい」と。狭い店内は想像した通りのレトロ加減で「深夜食堂」のドラマのようです。
お客は70代くらいのがっしりした体格の男性がカウンターに一人。

テーブル席で「おいしいね」と言いながらお刺身定食を食べていたら、「あんたら、ええ店に来たわ。ここの大将、腕は確かやで」とカウンターでカレーを食べていたその方が振り返って言いました。
「おじさんは、この店のカレーが好きでね」と目を細めて言うおじさん。

「どこから来たの?」と聞かれたので「和歌山です」と言うと、「おお、おじさんはね、和歌山の御坊にいたことがあるよ。発電所で仕事をしてた。もう30年ほど前かな。御坊はそれはもう遠かったわ」とおじさん。(当時は高速道路が通じていなかった)

「だからおじさんね、和歌山ブルース歌えるで。真田堀ならぁ〜、じょうかまちぃ〜♪って歌うだらぁ?  和歌山は気候がええし、優しい人が多いだらぁ。そうか、和歌山か。ああいうところで育った人はええなぁ、大らかで」

おじさんの脳裏に今浮かんでいるはずの、和歌山のあっけらかんと青い海を私も思い浮かべました。高度経済成長期、御坊のスナックで和歌山ブルースを熱唱しているおじさんもついでに想像すると、男前だしモテただろうなと思います。「だらぁ?」と言われて、きゅんとなった大らかな紀州女もいたことでしょう。

私たちが太平洋側から来た客で、あまりお金を持っていなさそうだと悟った大将は、旬のホタルイカや名物の「とうふちくわ」を次々とサービスしてくれました。そして意外な温泉情報も。

「ここらへんは温泉町という地名なんですけど、昔は温泉旅館がいくつかあったんです。今もこの近くに銭湯があってそこは温泉ですよ。銭湯の値段で温泉に入れるから、行ってきたらいいですよ」
「なんと、温泉ですか!?」

「ごちそうさまでした」と店を出てすぐ「ええ店でしたねー!大当たりでしたね」と喜ぶ私たち。
街並みに違和感なく馴染んでいる古い店で、観光客がまず入らなさそうなところに踏み込むと、時として収穫は大きいものです。
「私ら、天才ちゃうか」と清水さんが満足そうに言いました。

いったんホテルに戻り、銭湯に行ったけれど清水さんはいませんでした。
でも寝る前にささゆりのtwitterを見たら銭湯の外観写真が…。
「清水さんも行ってるやん」と思いながら就寝。
そして翌日の帰路、清水さんは私がお願いした介護老人保健施設の写真を車窓から撮ってくれたようです。


(写真・清水いつ子 文・北浦雅子)

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