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「師匠」をめぐる自己物語探究 Self narrative Inquiry― ―寺沢喜幸氏 を偲んで 「じぶんを、かたり、ふかめる」
Ⅰ.出会い
1986 年 4 月。 中学時代の音楽科教師 に紹介
して頂いたトランペットの 師匠 (寺沢喜幸 氏
の最初のレッスン があった。 私は高校に入学し
たばかりで、 楽器と出会って既に5年が経過し
ていた 。 将来の進路希望を音楽に定めたものの、
なかなか具体的な取り組みを始めることができ
ず、親を説 得してようやく本格的に音楽を学ぶ
機会を得て、意気揚々と初レッスンに臨んだ。
しかし
田端健人 学校を災害が襲うとき -教師たちの3・11
【注】
1)笹木 陽一「中学校における臨床教育学的生徒理解
-生徒のナラティヴを引き出す音楽科授業-」
『北海道の臨床教育学 創刊号』(2012)pp.24-33
2)著者の研究方法については、
田端健人「質的研究における『問い』について
-『問いの現象学』を手がかりに-」『宮城教育大学紀要』
(2012)などを参照のこと
2012.3.29『学び合い』北海道 「第7回 子どもの姿を語る会」報告
2年前(2010年3月28日)、当会は初の企画となる「第1回 子どもの姿を語る会」を、かでる2・7(北海道立道民活動センター)にて開催しました。あれから2回の「『学び合い』を学ぶ会」、NECO塾との共催ワールド・カフェ、そして7回を数える「子どもの姿を語る会」、併せて10回の企画を実施してきました。発足当初2名だった事務局も4名となり、今回はリピーター参加も7名と増え、少しずつではありますが、安
もっとみる2011.11.26『学び合い』北海道 「第6回 子どもの姿を語る会」報告
『学び合い』北海道も2年目となり、今年度2回目の企画となる「第6回 子どもの姿を語る会」を、札幌エルプラザ 研修室1にて開催しました。今回は「育てる人のココロの栄養補給」をキャッチフレーズに、世知辛い世相の中で、子育てや教育、福祉、医療など、それぞれの現場で子どもの育ちを支えておられる方々が集い、対話を通して明日へのエネルギーを得ようとの趣旨で実施させていただきました。
今回も広報不足か
2011.8.6『学び合い』北海道 「第2回 『学び合い』を学ぶ会 in北海道」報告
「『学び合い』北海道」は昨年3月の発足から、5回の「子どもの姿を語る会」、NECO塾(代表:岡山洋一氏)との共催によるワールド・カフェ・イベント、そして8月に行った「第1回『学び合い』を学ぶ会」、合わせて計7回の企画を行ってきました。2年目を迎え、4月からは新川高等学校・澤尻先生と星槎国際高等学校・小松先生にも事務局に加わって頂き、新たな体制で新年度をスタートしました。7月の頭に事務局会議を行い
もっとみる2011.3.26『学び合い』北海道 「第5回 子どもの姿を語る会」報告
今回は「『学び合い』北海道」発足1周年を兼ねて、これまでの学習会スタイルを離れて「北のさゝや本店」(札幌市北区北7条西1丁目 NSSビルB1F)にて、食事会(飲み会)の形で実施させて頂きました。第1回は昨年の3月28日、かでる2・7の和室を借りて10名の参加でのスタートでしたが、あれから1年が経過し、夏の「『学び合い』を学ぶ会」やNECO塾との共催ワールド・カフェを含め、計7回もの企画を実施でき
もっとみる2011.1.30『学び合い』北海道 「第4回 子どもの姿を語る会」報告
この会で見つけたもの
「見つけたもの」というべきかはわかりませんが、この会を実施していつも感じている通り、様々な立場や考えの異なった方々が、「教育」という領域でフランクに語り合うことを通して、新たな視点や思考が引き出されることの楽しさを再発見したように思います。今回は教育人間塾主宰の村山紀昭先生(中教審委員,前北海道教育大学・札幌国際大学学長,哲学・日本近代思想史)がご参加くださり、加えて札幌
2010.11.6『学び合い』北海道 「第3回 子どもの姿を語る会」 振り返り&アンケート
1.次の内容について教えてください。
(1) この会で得たもの
何と言っても、これまでの会以上に幅広い分野から参加者を得て、多面的に子どもや教育について意見交流することができたのが一番の収穫であったと感じます。特に我々が初回から意識してきた「対話(ダイアローグ)」に関して、ワールドカフェを含むファシリテーションの専門家である岡山先生(札幌ディベート研究会代表)や丸山さん(neco塾事務局)
2010.6.27『学び合い』北海道 「子どもの姿を語る会」 振り返り&アンケート
1. 今日の話題の中で、一番よかったものと、
その理由を簡単に教えてください。
一番良かった話題は、フリースクールのスタッフの方と、小学校勤務の先生と3人で「職場の人間関係」や「一人前とは」とのテーマで語れたことです。一人ひとりバラバラでつながり会えない職場、子どもに暴力を振るわれてもチームで対応できない学年。私自身の勤めたばかりの頃の経験と重なり、身につまされる思いがしました。