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2011.11.26『学び合い』北海道 「第6回 子どもの姿を語る会」報告

 『学び合い』北海道も2年目となり、今年度2回目の企画となる「第6回 子どもの姿を語る会」を、札幌エルプラザ 研修室1にて開催しました。今回は「育てる人のココロの栄養補給」をキャッチフレーズに、世知辛い世相の中で、子育てや教育、福祉、医療など、それぞれの現場で子どもの育ちを支えておられる方々が集い、対話を通して明日へのエネルギーを得ようとの趣旨で実施させていただきました。

 今回も広報不足からか、期待していたほどの人数とはならず、6名の参加で会を進めました。昨年の第3回から数えて、既に当会企画に4度目の参加となる飯田さん(すくーるhana主宰)、第5回に参加して下さり、昨年のハンガリー研修でもご一緒した教育大4年の米本さん(教員採用試験に合格し、来春から北海道の中学校音楽科教諭となられるそうです)、北海道教育科学研究会の事務局長である池田先生(江別高校・社会科)、NPOでチョークを使ったヒーリングアート教室「かけが絵」を主宰している杉崎さん、加えて事務局2名(山田先生・笹木)で、少ない人数ながらも深い対話をすることができました。

 事前の事務局会議の折には、OST(オープン・スペース・テクノロジー)という手法を用いて、参加者が語りたいテーマを出し合い自由に語り合うスタイルをとろう、と打ち合わせしていたのですが、参加者が少ないため、一つのテーブルを囲んで自己紹介の後、各自付箋に話題としたいことを書いた上で語り合う形としました。以下に付箋に書かれた内容を列挙します。

・『学び合い』の授業とは?
・西川純さんのこと。
・教師の仕事は大変ですか?(時間・体力・精神面)
・今、私は何をしたら良いのでしょうか?
・授業が成り立つ学級の雰囲気作り
  (生徒が参加してくれるには、どうしたらよいですか?)
・それぞれの方が「教育」「教員」を志すことになった契機って?
・それぞれの方が生きていく上で大切にしていることって?
・「教育観」について、どのように形成される?
・塾って、具体的にどんなスタイルで進められているのでしょう?
・生活綴方をどのように社会科で行っているのか、
 もう少し詳しく伺いたいです。
・「学びの共同体」の研究発表に参加してきました。レポート聞きますか?
・江別第一中の研究会に参加して、
 『学び合い』と「学びの共同体」の違いは?
・FSフェスティバル、いかがでしたか
 (「東京シューレ中学校」のドキュメンタリーご紹介下さい)
・「かすかな光へ(太田堯氏ドキュメンタリー)」の内容を、
 少しご紹介下さい。
・池田先生のライフヒストリーをぜひお聞かせ下さい。
・どんな先生の授業が好きでしたか?
・どんな教師になりたいですか。

 上記の話題を取り上げつつ、開会した6時半から閉会した9時過ぎまで、休憩も取らずに2時間半近く、語りが途切れることはありませんでした。ここでは、その内容を全て再現することは諦め、印象に残った幾つかのエピソードを紹介して、報告に代えたいと思います。

 最初の話題となったのは、『学び合い』の会としては当然ながら、西川先生の提唱する『学び合い』授業の具体的な姿についてでした。まずは10月末に西川先生の仲介で、教育大釧路校の学生さんに『学び合い』授業を公開した山田先生から簡単に説明していただき、私からは当日コピーを配布したベネッセ発行の『View21』 11月号を使って補足させて頂きました。(以下のアドレスからダウンロード可能です)
http://www.benesse.jp/berd/center/open/chu/view21/2011/11/index.html?rf=TPF_11CV03
課題(目標)設定→学習者相互の『学び合い』を通した課題解決→目標を全員が達成したかを評価する、という一連の流れについては、概ね理解して頂けたように思います。その上で「子どもの有能性を信じる」という教育観がその基底にあることも共有されたと感じました。

 さらに話題は、山田先生が参加された江別第一中の研究大会へと移りました。http://www.ebetsu-city.ed.jp/daiiti-t/H23YOUKOU.pdf
私も参加申し込みをしたものの、石狩教育研修センター主催であった為、参加が適わず…、池田先生も参加しておられたとのことでした。山田先生からは「前回参加した時よりもよく練られた授業だったが、教師の指導性が『学び合い』よりも強いとの印象は変わらない」との趣旨でお話しがありました。池田先生も「佐藤学氏の考え方が十分に消化されているとは言い難い」とコメントされていました。来年2月にも公開研究会があるとのことですので、その際には私も参加して、実際に「学びの共同体」を体験してみたいとの思いを強くしました。

 その後も話題は様々に展開し、参加者の多様性を生かした興味深い語りを聴くことができました。私としては、北海道教育科学研究会(道教科研)の事務局長である池田先生から、そのライフヒストリーをお聴きすることができたことは、とても深い学びとなりました。先生が道北の困難校で高校教師としてのお仕事を始めた時期は、80年代の後半で私の高校時代とちょうど重なります。「第一次校内暴力」と呼ばれた時代、初任校では生徒の4割が中退していく中で、大学時代から所属していた教科研での学びが、その困難を支えたとのこと。二校目も全校生徒が異装(ボンタン)ながら彼らの声を聴き取り、彼らの生き様に触れる学びを紡いだエピソード(原発と原爆を繋げる授業/障がい者作業所との共同)を紹介して頂きました。教師10年目で札幌に転入したら強烈な管理主義の学校で、そこでも北大大学院・田中孝彦氏(現武庫川女子大学教授)の下で、今日の臨床教育学に繋がる教育思想を学びつつ、ディベートや生活綴方の手法を用いて「互いの想いを読み合う/聴き合う」実践を重ねたとのこと。その中で緘黙の生徒が話すようになったケースには心を動かされました。5年前から現任校に移り、同僚の醸し出す「生徒に関わりたくない」雰囲気を打破すべく、教育相談担当として様々に実践を重ねられたことも語られました。池田先生が書かれている「道教科研公式ブログ」から日々多くを学んでいる者としては、その教養の深さや視野の広さが何に由来するのか、先生の具体的な実践史をお聴きすることで、納得できた様に感じました。
(ブログのアドレスはhttp://blogs.yahoo.co.jp/doukyoukaken

 同じくその実践の深さから多くを学ばせて頂いている飯田さんからは、ご自身が実践されている平井雷太氏提唱の「らくだメソッド」について、久々にその理念について詳しくお聴きすることができました。『学び合い』同様、「真に自立して生きる」為に必要な力を身につけさせることを目指す「らくだメソッド」に、改めて関心が高まる機会ともなりました。会の最後、何と池田先生と飯田氏は高校の同級生だったことがわかり、さらに話に花が咲いていたことも付け加えておきたいと思います。

 来春から中学校教員となられる米本さんは、教員を目指した動機について「私自身は憧れる対象となるような先生と残念ながら出会えなかった。子どもと共に悩むことのできる教師を目指したい」とお話しされていました。「子どもと共に悩む」との姿勢に、私が影響を受けたカナダの作曲家・マリー=シェーファーの「学習者共同体」という考え方が想起され、きっと素敵な先生になられるだろうと確信しました。この時代に教員になるということは、当然様々な困難に直面することを避けられません。そんな中「今、何をしたら良いでしょうか」と不安な想いでおられることは無理のないことです。山田先生はご自身のブログに、彼女の様な「同業者として働く未来のある方々へのメモ」http://manabiai.g.hatena.ne.jp/a-peanut/として、今読んでおくべき書物とブログを紹介されています。私としては、学生時代にしか出来ないこと=専門の音楽(ピアノ)を、残り4ヶ月精一杯やっておいた方が良い、とアドヴァイスさせて頂きました。

 エルプラザの2階・札幌市市民活動サポートセンターに事務ブースをもたれている杉崎さんは、お仕事を終えて8時半頃、会に駆けつけて下さいました。杉崎さんは10月末にneco塾主催で行われた「さっぽろみらいカフェ」にも参加しておられ、その時にお誘いしたのをきっかけに、今回参加して下さることとなったのでした。型にはめるのではなく、自由にイメージを広げ、それぞれの表現を認めるスタイルの「チョーク絵画」http://tyoku.gozaru.jp/gyarari-.htmlは、杉崎氏オリジナルのもので他に類を見ないものとのこと。使用しているチョークは「ダストレスチョーク」で有名な「日本理化学工業」製のもので、障がい者雇用の先進的経営者として知られる大山社長とも、この夏縁合ってお会いして、絵画用「12色チョーク」の開発をお願いしてきたとのこと。それが実現すれば、氏のヒーリングアートも更に広まる可能性があると語られていました。3・11の大津波で被災した釜石を訪れ、被災者支援にも関わられているとのこと。飯田さんも「東日本大震災市民支援ネットワーク札幌(むすびば)」http://shien-do.com/musubiba/home/の「うけいれ隊」の一員として被災者支援に関わっており、共通の知人が多いと話されていました。

 杉崎さんは事故の後遺症から、ハンディキャップを乗り越える過程で絵画と出会い、それをきっかけとした様々な縁が今のNPO活動に繋がっていると仰います。想像を絶する苦悩の中で、適切に自己開示をし、それを受け止める他者との出会いの中で、新たに生き直そうとされるその姿に深く感銘を受けました。思えば人は誰しも、自らの固有の物語(ナラティヴ)を生きています。その物語を聴き取る他者との出会いの中で、常に自らを語り直しながら、新たに自己の物語を紡いでいく。先月の3日に行われた「フィンランド一日大学」において、庄井良信氏(北海道教育大学教授)は「自分の心と体で実感しながら、自分の言葉で思索し、語り、学び合う」ことが、高次の学力(思考力)を保証するのだとされていました。それに先立って基調講演をしたオッリペッカ・ヘイノネン氏(元教育大臣)も、「他者に聴き取られる安心感・尊重・信頼」の重要性を強調していました。ヘイノネン氏は「多様性を増すことが、更なる平等性を担保する」とも言っています。それぞれの固有性を尊重し、多様な生き方を互いに認め合うことこそ、人が健やかに育つための必要条件なのではないか。そんなことを皆さんと語り合う中で考えたのでした。

 転じて、我々の生活環境は上記の様な「人が健やかに育つ」ものとなっているでしょうか。残念ながら震災後の過酷な現実は復興とはほど遠く、世界的な経済不況も重なり、社会の様々な矛盾が益々表面化している様にも感じられます。そんな中、「育ちを支える=人間発達援助」に関わろうとする者として心に留めておくべきことが、今回の会の中で多く語り合われたように思います。池田先生の師であり、日本臨床教育学会http://nihon-rinkyo.com/index.htmlの会長を務める田中孝彦氏は、10月に北海道教育大学で開かれた「日本臨床教育学会第1回研究大会」基調報告の資料の中に、次のような言葉を記しています。

(前略)子どもたちの問いを受け止め、子どもたちが、この厳しい現実のなかで抱いた今をどう生きていけばよいかという問いを、その年齢にふさわしい仕方で考えていけるような学習の機会を創り出すこと。学校の「復興」の軸には、教師たちのそうした模索がすわらねばならないのではないだろうか。(後略)

 震災に限らず、この困難な危機の時代だからこそ、希望を失わずに未来を切り開いていくことが、今を生きる全ての者に強く求められていると感じます。その為のエネルギーを蓄えるためには、さらに多様な立場の方々と対話し、連帯し、共同・協働していくことが必要です。画一性と管理からは、新たな希望は紡げません。当会としてもささやかながら、これまで以上に様々な人々が集い、語り合い、繋がっていける場を提供していきたいと考えています。今後とも末永くおつき合い下さいますよう、よろしくお願い致します。長文におつき合い頂きありがとうございました。次回の会でお目にかかれることを、楽しみに待ちたいと思います。では又お会いしましょう。


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