羽田さえ

ライター。 日本の古典文学をゆるめに解釈します。旅先で自作した短歌も載せることがあります。 研究者ではなくただの学部卒(国文学専攻)で、かなり好き勝手に書いております。ご容赦くださいませ。だいたい毎週金曜日に更新します。

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      旅先で詠んだ自作の短歌です。

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      清少納言の「枕草子」。 岩波文庫版をベースにしています。

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      吉田兼好の「徒然草」。岩波文庫版をベースにしています。

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    【百人一首】わすれじの(五四・儀同三司母)

    【解釈】前回の右大将道綱母の歌に続いて、重めの女シリーズが続きます。 作者は儀同三司母(ぎどうさんしのはは)、中宮定子のお母さんにあたる人ですね。 出典は新古今集 恋三 一一四九。 「中関白通ひそめはべりけるころ」という詞書がついているので、藤原道隆との恋が始まって間もない頃に詠まれた歌なのでしょう。 名作の誉れ高い歌ではありますが、個人的には何だかあまり共感できないなと思います。 つきあいたての恋人に向かって、あなたの愛が未来永劫続くなんて思えないからもう今死んでしま

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      • 【万葉集】萩の花(巻八・一五三七/一五三八 山上憶良)

        【解釈】万葉集の巻八、「山上臣憶良、秋の野の花を詠める歌二首」です。 意味も何も、そのままですね。秋の七草を並べた、平和でかわいい歌です。 現代の七草(ハギ、ススキ、クズ、ナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、キキョウ)と微妙に違うような気もするけれど、実は同じものなのだそうです。 あまり聞きなれない「尾花」とはススキのこと、そして「朝顔」は今で言うキキョウなのだとか。(現代の私たちが朝顔と呼んでいる花は、もっと後の平安時代ごろに広まったと言われています。) 歌の意味は特

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        • 【百人一首】嘆きつつ(五三・右大将道綱母)

          【解釈】出典は拾遺集 恋四 九一二。 作者は「蜻蛉(かげろう)日記」の作者でもある右大将道綱母(うだいしょうみちつなのはは)です。 美人で和歌もうまくモテモテだった彼女。一番熱心にプロポーズしてくれた藤原兼家と結婚してみたら、実は完全に俺様系のモテ男だった。そんなあまり幸せでない結婚生活を重めに綴ったのが蜻蛉日記です。 蜻蛉日記は日記文学の最高峰と言われることもありますが、何だか重いし暗いし愚痴っぽい。 時代背景を考えればそんなものなのかもしれないけれど、ちょっとめんどく

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          • 【百人一首】あけぬれば(五二・藤原道信朝臣)

            【解釈】恋の歌が続きます。出典は後拾遺集 恋二 六七二。 作者は藤原道信朝臣(ふじわらのみちのぶあそん)。中古三十六歌仙の一人です。歌詠みに長けた人で、五一番の歌を詠んだ藤原実方や藤原公任とも交流があったと言われています。 わずか23歳の若さで早逝しているので、はかない貴公子のイメージとあいまって愛されてきたのがこの歌です。 天然痘が流行った年に亡くなっているといいますから、流行り病による死だったのかもしれません。パンデミックはいつの世でもおそろしい。 いわゆる後朝の歌

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            【百人一首】かくとだに(五一・藤原実方朝臣)

            【解釈】なかなかに技巧の入り組んだ歌ですね。 出典は後拾遺集 恋一 六一二。 作者は藤原実方朝臣(ふじわらのさねかたあそん)。花山院の時代などに活躍した歌人で、清少納言とも交流があったと(一説によるとおつきあいしていたとも!)言われています。 詞書には「女に始(はじめ)て遣(つかはし)ける」とあります。片思いの相手に最初に贈った歌なのかな。 リズミカルで響きの美しい歌ではありますが、ややこしめです。 古文の授業でいきなり出てきたら、ちょっと何言ってるか分からないなって思

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            【万葉集】旅にして(巻三・二七〇 高市黒人)

            【解釈】万葉集から、旅の歌です。 おさめられているのは巻三、「高市連黒人(たけちのむらじくろひと)の羈旅(たび)の歌八首」という詞書がついています。 旅を題材に詠まれた八首にはストーリー性があって名歌ぞろいなのですが、オープニングを飾るのがこの歌。とても美しい響きです。 大海原に赤い船ひとつ、それを遠くから眺める視点。旅の途上ゆえの淋しさ。絵画のような美しさと、豊かな余韻が魅力的な歌です。 「山下の」は「赤(あけ)の」を引き出すための枕詞と見る向きもあるようですが、文

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            【百人一首】君がため(五〇・藤原義孝)

            【解釈】 出典は後拾遺集 恋上 六六九。 作者は藤原義孝(ふじわらのよしたか)。平安時代中期の歌人で、三蹟の1人である藤原行成の父親にあたる人です。 なかなか短命で、痘瘡、今で言う天然痘にかかり21歳の若さで命を落としたと言われています。 そんな早逝したイメージとあいまって、この歌の持つ趣がより味わい深いものになるのかもしれません。 元歌には「女のもとより帰りてつかはしける」という詞書がついているので、初めてのお泊まりから帰った後に詠んで彼女に贈った歌、というところでし

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            【旅の短歌】留萌本線・留萌駅(北海道)

            「JR北海道、全線乗ろうキャンペーン」をひとりで展開しています。 乗ってない路線はまだいろいろあって、根室や網走などは完全に未踏の地だったりもします。 それでもたぶんごく近い将来廃止になりそうな留萌本線がちょっと名残惜しくて、真夏の留萌行きに乗ってきました。 終点の留萌駅まで行くと、折り返しの深川行きが出るまでの時間はわずか11分。 ちょうどお昼時だったこともあり、駅構内の立ち食いそばののれんをくぐりました。 あつあつの天ぷらそば、450円だったかな。 時間がなくてあわ

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            【百人一首】みかきもり(四十九・大中臣能宣)

            【解釈】出典は詞花集 恋上 二二四。 作者は大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ)。平安中期の歌人で、村上天皇の時代に「梨壺の五人」の1人として清原元輔や源順などとともに活躍しました。 万葉集を読み込んだり後撰和歌集の編纂をしたりという実績があり、自身が歌よみにたけているだけでなく、古来の歌全般に造詣の深い人だったのでしょう。 前半はいわゆる序詞にあたりますが、夜の闇に浮かぶかがり火、というビジュアル的な美しさが際立ちます。 「みかきもり」とは宮中で門を守る、警備員のよ

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            【枕草子】七月ばかりに(第四十一段)

            【解釈】難解な単語はなく、ざっくり読んでも充分に意味が取れる段です。 7月頃とふんわり書かれているけれど、旧暦だし、時期には幅がありそうです。今で言う9月の半ば頃だったりするのかな。 暑い暑い京都の夏でも、9月の下旬ともなればすっかり涼しくなっていたような気がします。四半世紀前の記憶だけれど、10月の秋学期が始まる頃には長袖必須だったような。 そして札幌に住むようになって、旧暦でなく新暦の7月でも、たいそう涼しい日があるということに驚きます。 そもそも自宅でも冷房はほ

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            【徒然草】静かに思えば(第二十九段)

            【解釈】「静かに思へば」という始まりがとても美しい段。リズミカルで無駄がなくて、名文です。 高校生の古典の教材などでもよく使われているのだそうですね。 でもこんなのあったかなという感じで、まったく覚えていませんでした。 大学時代などにも読んでいそうな気はするのだけれど。 ただ、この静かな美しさや切なさは、若い時には読んでも分からなかったのかもしれないな、とも思います。 親しい人、身近な人をなくすという経験も、年を重ねるごとに増えていきます。40歳も過ぎた今となっては、

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            【万葉集】ひさかたの(巻八・一五一九 山上憶良)

            【解釈】今年も七夕がやってきました。 万葉集の巻八、「山上臣憶良の七夕の歌十二首」の中に収められている歌です。 七夕の歌としてはふつうというか、まあシンプルで分かりやすい歌ですね。 この歌の直前に入っているのは「あなたが来るから腰紐を解いて待っているわ」なんていうアダルトな歌(解説はこちら)なので、次はどうなるのかと読み進めると拍子抜けしてしまうかもしれません。 でも、そんな直球でつやっぽい歌の後に続くのがこんなにふんわりとしたロマンティックな世界、というのも何だか素敵

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            【旅の短歌】宗谷本線・南稚内(北海道)

            札幌にいつまで住むのかはまだ分からないけれど、札幌暮らしの間にJR北海道の全路線に乗りたいと思っています。 昔に比べると駅も路線も減っているので、そこそこ簡単に達成できてしまいそうな気もします。 宗谷本線に乗って、終点の稚内まで行ってきました。 札幌から5時間以上もかかる、長い長い鉄道の旅です。 特急列車は芒洋としたサロベツ原野を抜けて終点のひとつ手前、南稚内の駅に近づくと減速を始めます。 ゆるいカーブにさしかかった瞬間、車窓の先に「稚内へようこそ」と書かれたプラカー

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            【百人一首】風をいたみ(四十八・源重之)

            【解釈】 出典は詞花集 恋上 二一〇。 作者は源重之(みなもとのしげゆき)。清和天皇を曽祖父に持つ、平安中期の歌人です。 清和源氏ですから、源頼朝の祖先にあたる人でもありますね。 三十六歌仙の1人で、生年は未詳ですが1001年没と伝えられます。 さて、さっぱりふりむいてくれない相手にあれこれ思いをめぐらせてはフラれたおす、片思いの切なさを詠んだ歌です。 東尋坊的な風景を勝手に想像していたのですが、特にモデルとなる場所は伝わっていません。旅先などどこか特定の場所で詠ん

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            【百人一首】八重むぐら(四十七・恵慶法師)

            【解釈】作者は恵慶(えぎょう)法師。 出典は拾遺集 秋 一四〇。「河原院にてあれたるやどに秋来といふ心を人々よみ侍けるに」という詞書がついています。 河原院とは、源融(みなもとのとおる)が六条に作った邸宅のこと。 源融は9世紀半ばごろの人で、百人一首では14番に歌がおさめられています。 奥州、塩釜にインスパイアされた邸宅は広大でゴージャスで色々すごかったと言われますね。 そんな河原院も、10世紀後半の恵慶法師の時代にはすっかり荒れ果てていました。源融の子孫にあたる安法法

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            【百人一首】由良のとを(四十六・曾禰好忠)

            【解釈】 出典は新古今集 恋歌一 一〇七一。 縁語を多用し、激しい情景を詠んでいるようでいて、どこかふわふわとした空気感。新古今らしいというか、定家好みというか、そんな歌です。 「由良のと」というのが一体どこなのか。 紀伊(和歌山)の由良の御崎とする説と、宮津(京都)の由良川の河口とする説があります。新古今集の時代には、紀伊の由良が波の荒い場所としてよく知られていたようです。 そして、行方も知らぬ恋の道、とは。 思い人にふりむいてもらえない片思いなのか、道ならぬ恋

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