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長尾重武  武蔵野美術大学名誉教授 主な著作『建築家レオナルド・ダ・ヴィンチ』(中公新…

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長尾重武  武蔵野美術大学名誉教授 主な著作『建築家レオナルド・ダ・ヴィンチ』(中公新書)『ローマ イメージの中の「永遠の都」』(ちくま新書)『小さな家の思想 方丈記を建築で読み解く』(文春新書)

最近の記事

幻想の建築家 ピラネージ 1

長尾重武『ピラネージ―幻想の建築家』中央公論美術出版、2024.4 はじめに 幻想のピラネージ  数々の賞を受賞した『ジョナサン・ストレンジとミスター・ノレル』の著者スザンナ・クラークの新作: 異世界の根源に挑む傑作幻想譚である『ピラネージ(Piranesi)』(二〇二〇年。邦訳は原島文世訳で東京創元社から刊行)は、無数の広間がある広大な館の描写から始まる。  主人公「ぼく」は、「もうひとり」と、週に二度、火、金曜日に会うことになっている。その間に広大な館を探訪したこと

    • 想い出の旅2 真夏、沼津市戸田湾  

       伊豆半島西海岸に、小さな宝石のような湾、美しい海と出逢ったのは、南九州・宮崎の海での体験のしばらく後であった。沼津市戸田の湾である。夏休み、大学の戸田寮に海水浴に出かけて行った。私と弟、従兄弟の四人のグループだった。  小さな湾に面した戸田の港町はまるで自然の堤防のように伸びた小さな岬で半ば閉ざされている。湾の入り口は差し渡し四〇〇メートル未満だ。  大学の寮は、その美浜岬の砂浜に面する松林に建っていた。海は青く澄んで実に美しかった。浜沿いにさらに行くと、諸口神社の赤い

      • 想い出の旅4 信州の旅 藤村と一茶

        漂泊の旅  学生の頃、私はフラリと漂泊の旅に出るのを好んだ。親戚のお兄さんが一筆書きの切符を買うと安く旅ができると教えてくれたのも大いに助かった。国鉄の長距離割引、学生割引が大きかった時代であった。  たとえば信越線で小諸まで行き、小海線に乗り換えて小淵沢で中央線に戻る。高崎まで八高線を使ってみたり、上とは逆順を辿ったりした。  伊豆方面、山中湖、河口湖、京都、奈良、九州、北海道、まだ沖縄が返還されていかなかった当時、最南端と最北端を踏んで記念にした。なかでも懐かしい小海

        • 想い出の旅12 北海道、稚内の空

            大学二年生になって、すでに一年生のとき基礎学習をしたドイツ語は、いよいよ小説の読解の授業に入った。担当の先生は、生野幸吉先生でした。   生野先生は風呂敷包みの教科書とノートと辞書を教壇に置き、それを広げて教科書を取ると授業開始になる。授業は、学生に文章の一区切りを訳させながら進められる。先生は、気になる言葉が出てくると、講義はともかく、その言葉の追求に熱中するところがあって、突然辞書を引きだしたら止まらなくなることがしばしばだった。言葉をめぐって考えることが面白くてし

        幻想の建築家 ピラネージ 1

          想い出の旅6 中央本線、小海線、信越本線途中下車の旅

           かつてのJR、国鉄の運賃は、往復割引というのがあったが、それ以上に、一筆書きで長い距離を動くと割安になったし、有効期間が長くなった。大学生のころ、こうした技を教えてくれたのを最大限利用した。   そのころ、最寄り駅の国分寺駅を発車して、中央本線に乗り、小淵沢で小海線に乗り換えて、終点線小諸で信越本線に乗り、高崎をへて東京から国分寺に戻ってくる、あるいはこの逆を辿って、とにかくひと廻りするのが好きだった。特にこのコースは、中央本線では富士山や八ヶ岳を望み、小海線が日本で最も

          想い出の旅6 中央本線、小海線、信越本線途中下車の旅

          想い出の旅9 森戸海岸の夏「夕陽に赤い帆」

           建築の学生だった頃、ぼくらのアトリエ、設計事務所は洋上にあった。横浜に着く前に住宅の図面を一式そろえよう。展開図と矩計図がまだできていない。少し揺れが激しくなってきた。良く晴れていたのに、風が出てきたのかもしれない。と、こんな風に、卒業したらクルーザーの設計事務所で仕事しながらセーリング、海と空と風、ああ、いいかもしれない。夢を追いかけて。  ヨットはまず第一にスポーツである。チームワークによるとても楽しいスポーツで、空、海、風、太陽、そしてヨットの性能と操縦が何と言っ

          想い出の旅9 森戸海岸の夏「夕陽に赤い帆」

          想い出の旅11 夢のジャンピングバルーン

                                 K氏訪問  それが何時のことだったか、具体的には何も思い出すことができない。私はある夏から秋にかけて、千代田区の北の丸公園に風変わりな建物を訪れた。  正面二階以上には小さな六芒星を切り抜いた窓がびっしりとグリッド状に配置され、三階と四階の間に水平の帯があり、六階建てらしい。その上に幅広い塔屋が聳えそこにも六芒星の窓が同じく開いている。その背後には、正五角形の中央棟から延びる五つの棟が規則正しく伸び、図式的にはまるで監獄のよ

          想い出の旅11 夢のジャンピングバルーン

          想い出の旅5 信州下諏訪

           甲州街道の起点は、中山道の宿場町、下諏訪である。甲州街道は江戸時代の五街道の一つであり、甲府、八王子をへて内藤新宿から日本橋に至る。住んでいた国分寺市のすぐ南の府中市を通っている。  参勤交代でこの街を通った大名は、信州の高島、高遠、飯田の三小藩と甲斐の諸藩にすぎず、通行者は極めて少なかった。  中山道は京都から江戸に向かう最も重要な街道であった。和田峠から諏訪湖方面に下りてくると、諏訪大社下社秋宮が鎮座する下諏訪温泉へといたる。その中心に源泉、綿湯のモニュメントがある

          想い出の旅5 信州下諏訪

          想い出の旅10 志賀高原、五色沼の旅、それとも消された記憶

           志賀高原は、高校生の時、夏の林間学校の旅で初めて出かけてとても印象が良かったので、後になってもたまに出かけたところだった。真夏の東京であれば、高温多湿な時期に、高原というのは爽やかなところで快適だからだ。高原といっても湿度は高いらしいが、涼しいのでそれが気にならないということらしい。  志賀高原の湯田中温泉、熊の湯温泉も印象的だ。特に熊の湯は硫黄泉で、匂いはきついけど、肌がすべすべになり気持ちよかった。  志賀高原の池めぐりも楽しい。蓮池から、下の小池、上の小池、長池か

          想い出の旅10 志賀高原、五色沼の旅、それとも消された記憶

          想い出の旅13 北海道、釧路原野へ

          摩周湖 稚内から旭川に戻り、東へ、北見から網走を経て、知床斜里経由、摩周駅下車、そこまでの間に途中一泊し、午前中に、摩周湖の岸辺に到着した。摩周湖は透明度が高く、深く青く澄んでいた。ロシアのバイカル湖に次いで透明度が高いという。それで行く気になった。巨大噴火でできたカルデラ湖だという。周囲は海抜600m前後のかなり切り立ったカルデラ壁となっていて、河川が流入も流出もない閉鎖湖だという。湖の中央には断崖の小島があり、南東端に摩周岳、標高857mが聳える。透明度の高さは有機物

          想い出の旅13 北海道、釧路原野へ

          想い出の旅7 二十歳の正月

           一九六四年の正月のことを想い出す。この年、正月におみくじで凶を引いた。それ以外に凶を引いたことはありません。  一九六四年正月、大学の友人で神奈川に住む何人かとともに、鎌倉の鶴ヶ丘八幡に初詣に出かけた。なんとなく正月の海を見たくなったのかもしれません。  鎌倉の駅を降りると、薄日が差す小町通の賑やかさ、晴れ着を着た若い女性たちが華やかで美しかったのが印象的でした。  二の鳥居から段葛の参道をまっすぐ行くと、境内に入り、左手に大好きな近代美術館が水際に建ち、すっきりした

          想い出の旅7 二十歳の正月

          想い出の旅8 山中湖、そして富士五湖

           富士山麓の山梨県側に富士五湖がある。東から西へ、山中湖、河口湖、西湖、精進湖、本栖湖である。いずれも富士山の噴火によって出来た堰止湖で、富士箱根伊豆国立公園に指定され、二〇一三年には「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」の一部として世界文化遺産に登録された。 山中湖の想い出  とりわけ、山中湖は私が高校生の時から親しんだ湖であり、よく某大企業の寮に宿泊させてもらった。湖の南側にある桟橋、湖に突き出た木造の桟橋に腰を下ろして、足をぶらぶらさせながら、英語の参考書、読解力をつける

          想い出の旅8 山中湖、そして富士五湖

          想い出の旅3 初夏、九十九里浜 nagao

           ゴールデンウイークの中日、初夏の浜辺を、弟がコルネットを高らかに吹き鳴らしながら先頭を行く。  そして、五人の若者が後に続く。右側は大きな波が寄せては返す九十九里の海、左側は海岸の砂浜から畑が遠く続いている。波の規則的な音が心地良い。  私と弟、従兄弟二人、それに弟のバイト先の友達二人、みんな二十歳前後だ。  九十九里海岸駅に降り立ち、まっすぐに海に出た。真昼、正午の光のなかを歩きだした。快晴。風は気持ちよく陸から吹いています。  単純な風景の中、どこまでも歩こう。

          想い出の旅3 初夏、九十九里浜 nagao

          想い出の旅1 南九州 発見された海

           大学二年生の前期が終わろうとしていた。高校以来の友達が、小林秀雄が講演する夏の合宿があるけど、行ってみないか、思想右翼の団体だと思うけど、国民文化研究会主催で、九州の桜島で開催、片道の運賃支給とある、とのこと。  そのころ小林秀雄に心酔していた私は、二つ返事で合意した。その友人は法学部に進学した。高校卒業の春に鎌倉雪ノ下の小林宅を訪ねたこと、ランボーの詩を暗唱し、小林秀雄の全集を読んでいること、など話していたからだったからだったろう。彼の名は金子秀雄、同じ秀雄。  未だ

          想い出の旅1 南九州 発見された海

          わが家の猫たち クロクロ・クロタの大冒険

           拙著『小さな家の思想―方丈記を建築で読み解く』(文春新書、2022,6)について、その反響、書評に関連してお応えして、色々書いてきましたが、㉑までで、ほぼ一年たち、一段落とし、今回は、私のブログのマスコットキャラクターについて、紹介させていただきたいと思います。 わが家に雌猫の親子、ナツメとコウメがやってきた  わが家に猫の親子がやってきたのは二〇〇九年五月三日のことでした。飼い主の平群さん姉妹が猫たちを連れて、姫路から新幹線で来てくれたのです。彼女たちを東京駅に迎えに

          わが家の猫たち クロクロ・クロタの大冒険

          『小さな家の思想-方丈記を建築で読み解く』文春新書を出して㉑長尾重武

           「本書は、鴨長明及びその作品「方丈庵」の解釈、そして中世日本建築史の研究に一石を投じる刺激に満ちた著作である。それにしても、イタリア建築史の大御所がこの極日本的な「小さな家」のテーマに惹かれ、研究対象とした動機、背景についてもっと深く知りたいと思うのは、私だけではないだろう。」(陣内秀信)⑰  次の三点に分けて、見てみたいと思います。  1. 「小さな家」のテーマ  2.なぜ、『方丈記』か  3.「方丈庵」とは何か  今回は前回に引き続いて、  3.「方丈庵」とは何

          『小さな家の思想-方丈記を建築で読み解く』文春新書を出して㉑長尾重武