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2019年8月の記事一覧

レビューの名を借りたラブレター   『なめらかな世界と、その敵』伴名練

レビューの名を借りたラブレター   『なめらかな世界と、その敵』伴名練

 好きです。この作品集が。

 他者に寄り添おうとする時、つらいことに立ち向かえ、と他者に逃げないことを強いる言葉は好きじゃないけれど、それと同時に嫌だったら逃げればいい、という言葉を相手の状況を慮ることなく放つ人にもときおり強い違和感を覚える。それぞれの人たちがそれぞれの道を歩いている。そんな一言で片付けられるほど、他者に寄り添おう、という行為は容易なことではないはずだ。あらゆる可能性の中にいる

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青年の恋と冒険を描く、あまりにも壮大で愛おしい物語           『800年後に会いにいく』河合莞爾

青年の恋と冒険を描く、あまりにも壮大で愛おしい物語           『800年後に会いにいく』河合莞爾

 クリスマスを前に控えていまだに就職が決まっておらず、沈んだ気持ちを抱えていた茫洋大学四年生の飛田旅人はサンタクロース風のアルバイトと思わしき人物から道端で一枚の紙を受け取る。その紙には「株式会社エターナル・ライフ」の求人情報が書かれていた。いかがわしさ満点の内容だったが、〈正社員への道あり〉という言葉につられ、その会社を訪れる。

 どう考えても問題のある会社にしか思えない「株式会社エターナル・

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「#君のことばに救われた」小説3作品

「#君のことばに救われた」小説3作品

 あまく、優しいだけの言葉は要らない。共感だけに頼ったあざとい感動も要らない。そんな瞬間が私には間違いなくある。ただ一度、言葉でおれを殺し、甦らせてくれ。痛みと苦しみの果てからでしか生まれない強烈な情動。誰しもがそれに救いを求めているとは思わないし、その言葉を必要としない人間のほうが〈幸せ〉なのではないか、と不安にもなる。しかし(特に、かつての)私が必要としたように、そんな言葉でしか渇ききった心を

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ギャグが謎を解くための重要な要素  東川篤哉『伊勢佐木町探偵ブルース』

ギャグが謎を解くための重要な要素  東川篤哉『伊勢佐木町探偵ブルース』

 横浜の伊勢佐木町で変なセンスの舎弟、黛真琴を探偵助手に『桂木圭一探偵事務所』を営む〈おれ〉こと桂木圭一は、小料理屋を営む母親から再婚と聞かされ、慣れない高級住宅街にある西洋風の立派なお屋敷〈一ノ瀬邸〉を訪れることとなる。その豪邸に住む再婚相手はなんと、

 神奈川県警の本部長! そして息子は現職の刑事! 結局その日は急な用事で県警本部長とは会えず、義弟となった一ノ瀬脩と三人で食卓を囲むことに。脩

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永遠に色褪せぬ、身近な恐怖の物語   貴志祐介『黒い家』

永遠に色褪せぬ、身近な恐怖の物語   貴志祐介『黒い家』

「保険金いうのは、自殺した時でも出ますんか?」保険会社で勤める若槻慎二は、その日一本の電話を受ける。自殺しようと思いつめているようなその電話の主の自殺を思い止まらせようと、慎二はかつて兄が自殺した自身の過去について話す。本書はそんな基本的には〈お人好し〉、〈お節介〉という言葉が似合う主人公の慎二が想像もしていなかった災難に巻き込まれる様子を描いたホラーサスペンスです。

 個人的な考えになってしま

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タイトルに夏が入ったオススメ小説  『夏の王国で目覚めない』彩坂美月

タイトルに夏が入ったオススメ小説  『夏の王国で目覚めない』彩坂美月

 いつもお世話になっております。書店員のR.S.です。みなさんはタイトルに夏が入った小説というと、どの作品を思い浮かべますか?

〈夏のオススメ〉と聞いて最初に私が考えたのが、そのことでした。はっきりとタイトルに〈夏〉が入った作品、意外とありますよね。(読んだことがないものも含めて)その時、川上未映子『夏物語』、湯本香樹実『夏の庭』、乾ルカ『夏光』、山川方夫『夏の葬列』、三浦哲郎『百日紅の咲かない

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先読み不能の、壮大な監獄ミステリ!
 沢村浩輔『時喰監獄』

先読み不能の、壮大な監獄ミステリ!  沢村浩輔『時喰監獄』

〈黒氷室〉と囚人たちから呼ばれる〈第六十二番監獄〉。明治の始めに開獄して十七年が経つその監獄から生きて戻ってきた囚人は一人もいない。脱獄して生きて逃げ延びた者もいない。そんな絶望と諦めが囚人たちを苛む監獄で久しぶりに現れた脱獄者、赤柿雷太は、脱獄の途中で一人の男と出会い、不思議な会話をする。その後、胸に銃弾を浴びた赤柿だったが、一命を取り留める。本書はこの赤柿と銀座のビルに事務所を持つ私立探偵だと

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