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タイトルに夏が入ったオススメ小説  『夏の王国で目覚めない』彩坂美月

 いつもお世話になっております。書店員のR.S.です。みなさんはタイトルに夏が入った小説というと、どの作品を思い浮かべますか?

〈夏のオススメ〉と聞いて最初に私が考えたのが、そのことでした。はっきりとタイトルに〈夏〉が入った作品、意外とありますよね。(読んだことがないものも含めて)その時、川上未映子『夏物語』、湯本香樹実『夏の庭』、乾ルカ『夏光』、山川方夫『夏の葬列』、三浦哲郎『百日紅の咲かない夏』、道尾秀介『向日葵の咲かない夏』、東野圭吾『真夏の方程式』、土橋真二郎『AIに負けた夏』などが頭に浮かびました。ここに挙げた以外にも、名作・傑作は多いと思いますが、今回紹介するのは〈夏〉がタイトルに入っている作品でもっと読まれて欲しい作品、

 彩坂美月『夏の王国で目覚めない』(ハヤカワ文庫)です。

 ベストセラーリストに名前が挙がるような作家ではないが、一部で熱狂的な読者を獲得する正体不明の作家「三島加深」。その作家に強く惹かれた美咲は作者のことはどんなささいなことでも知りたい、と思うようになる。そんな美咲が知ったのは、三島加深のファンサイトのどこかに特別な隠しサイトへ通じる入口があり、そこにたどり着いた者は三島加深に関する重要な秘密を知ることができる、という噂だった。

 三島加深に関する問題などのゲームをクリアし、たどり着いたそのサイトには掲示板があり、そこでは同好の士たちによって三島加深のことが熱っぽく語られていた。このサイトに訪れるのが日課になっていた美咲のもとに届いた一通のメール。それは架空の殺人劇が展開する中で、参加者が自らの役を演じながら、事件の犯人と真相を推理する《架空遊戯》というゲームへの誘いだった。ゲームをクリアした者は三島加深の未発表作品『月のソナチネ』を手に入れることが出来るというが……。

 ※ネタバレはしない予定ですが、未読の方はご注意を!

《架空遊戯》という名のミステリーツアーに興じる人々の姿に最初、懐かしい、という感覚を抱きました。しかし途中で〈懐かしいミステリ〉という感覚とも違うような雰囲気を持っていることに気付きました。もしこの懐かしさを既視感と捉えて途中で読むのをやめようとしている人がいたら、「それはもったいない!」と自信を持って言えます。

 詳しくは書けない部分なのですが、暗い部分と明るい部分を併せ持った本作は、そのバランスその変化の仕方が特徴的で、この部分に〈懐かしい〉だけでないものを感じました。先日、著者新刊の『みどり町の怪人』を読んだのですが、この作品でもこの人間関係の変化の点が強く印象に残ったので、著者の個性であり美点と言ってもいいかもしれません。

 徐々に不穏な空気を帯び出す中で提示される、現実と虚構が絡み合う複数の謎。ノスタルジックな気分に浸るには、あまりにも予想外な展開と真実。設定が充分に生かされた人間ドラマも深く心に残ります。青春ミステリの新たな定番になって欲しい、と願いたくなるような作品です。

 この夏に、ぜひ、ご一読を!

※今回は再読なしの感想になります(再読したかどうかはどうでもいいことかもしれませんが、一応、自分の中のルールとして……)。悪しからず。