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ギャグが謎を解くための重要な要素  東川篤哉『伊勢佐木町探偵ブルース』

 横浜の伊勢佐木町で変なセンスの舎弟、黛真琴を探偵助手に『桂木圭一探偵事務所』を営む〈おれ〉こと桂木圭一は、小料理屋を営む母親から再婚と聞かされ、慣れない高級住宅街にある西洋風の立派なお屋敷〈一ノ瀬邸〉を訪れることとなる。その豪邸に住む再婚相手はなんと、

 神奈川県警の本部長!

 そして息子は現職の刑事!

 結局その日は急な用事で県警本部長とは会えず、義弟となった一ノ瀬脩と三人で食卓を囲むことに。脩とはこれが初対面ではなく、前日に〈おれ〉は脩から職務質問を受けている、すこし気まずい関係。不仲ではないが、良好とも言い難い義兄弟の関係。そんな関係の私立探偵とエリート刑事の義兄弟コンビが遭遇する事件の数々。ふたりは事件解決を求めて横浜の街を駆け回る。

 ※ネタバレはしないつもりですが、未読の方はご注意を!

(失礼を承知で言えば)どこかで書かれていそうな、だけど多くの人から好かれやすそうな設定を採用し、その中にギャグを盛り込み、そのギャグや些細な部分に重要な伏線を忍ばせる。シリアスな小説で登場すれば〈既視感がある〉〈ベタ〉と言われかねない人物を堂々と登場させながらも、そのギャグやユーモアがその人物を新鮮にさせているだけでなく、そのギャグやユーモアが謎を解くための重要な要素になっているのが、東川ミステリの最大の美点だと私は思っています。ミステリとしての質は(いつもながら)本当に高い。そして今回はさらに家族の形を題材にしたユーモアたっぷりのハードボイルドとしても楽しめる作品になっていて、こっちの部分に興味を持った方にもぜひ読んでもらいたい作品です。

 本作では主人公たち義兄弟たちの他、ペットと飼い主、姉弟、義父と息子など、様々な家族の形が描かれていて、「家出の代償」のラストなんかはちょっとほろりとくるような話だったりします。

 主人公のふたりは基本的にはお人好しで、ふたりに関して言えば暴力的でも無ければ、悪徳というわけでも無く、そういうイメージの探偵や刑事を苦手に感じている人も楽しめる内容になっています。とはいえユーモア多めの東川作品の特徴を知っている方が、シリアスな暴力刑事や悪徳探偵を想像して読み始めるとも思わないのですが……。

 ぜひ、ご一読を!