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永遠に色褪せぬ、身近な恐怖の物語   貴志祐介『黒い家』

「保険金いうのは、自殺した時でも出ますんか?」保険会社で勤める若槻慎二は、その日一本の電話を受ける。自殺しようと思いつめているようなその電話の主の自殺を思い止まらせようと、慎二はかつて兄が自殺した自身の過去について話す。本書はそんな基本的には〈お人好し〉、〈お節介〉という言葉が似合う主人公の慎二が想像もしていなかった災難に巻き込まれる様子を描いたホラーサスペンスです。

 個人的な考えになってしまうのですが、理不尽な恐怖と遭遇する可能性はどんな人にもあるはずなのに、自分には関係ないと思っている人は意外と多いような気がします。本作は(私も含めて)身近な恐怖に無自覚な人に、これは他人事ではないと自覚させる物語です。物語は主人公の親切心(お節介という言葉に置き換えたほうがいいかもしれません)から始まっていて、主人公自身にほとんど非は無く、自業自得のような感覚を抱くこともないので、「自分は何も悪いことしてないから関係ないね」と他人事にするのが出来ないのです。知らないうちに相手を傷付けていた、というレベルのものでさえなく、本当に理不尽としか言い様がないのが印象的です。

 絶対にこんな状況になることはありえないと願いつつも、でも自分の身にも似たような災厄が降りかかるかもしれない、という思いが生じる。そしてそんな思いがかすかにでも生じた時点で、もう作者の術中に嵌まっているのです。

 100万部を超えるベストセラーになった作品ですが、もう単行本が出版されてから20年以上経っているので、読んでいない新たな方や内容を忘れてしまっている方も増えてきているのではないでしょうか。作中での登場人物たちの議論は現在でも考えさせられる部分は多いですし、そして何よりも20年経っても色褪せぬ恐怖はこれからも読み継がれていって欲しいと切に思います。怖いから読まない、ではなく、怖いけど読むくらいのつもりで読んで欲しい作品です。怖い話が好きでも、怖いですよ、これ!

 本書を楽しんだ人におすすめしたい作品として、スティーヴン・キング『ミザリー』や五十嵐貴久『リカ』、前川裕『クリーピー』などがありますが、何よりも推したいのが澤村伊智『恐怖小説キリカ』という作品で、現実に侵食してくるタイプのホラーでその怖さも素晴らしいのですが、『黒い家』との関連性という点でも併せておすすめしたい作品です。