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レビューの名を借りたラブレター   『なめらかな世界と、その敵』伴名練

 好きです。この作品集が。

 他者に寄り添おうとする時、つらいことに立ち向かえ、と他者に逃げないことを強いる言葉は好きじゃないけれど、それと同時に嫌だったら逃げればいい、という言葉を相手の状況を慮ることなく放つ人にもときおり強い違和感を覚える。それぞれの人たちがそれぞれの道を歩いている。そんな一言で片付けられるほど、他者に寄り添おう、という行為は容易なことではないはずだ。あらゆる可能性の中にいる自分に移って生きることができる世界を舞台にした表題作「なめらかな世界と、その敵」は、《うだるような暑さで目を覚まして、カーテンを開くと、窓から雪景色を見た。》という不思議で美しい一文で幕を開けますが、そんな不思議で美しい世界よりも、〈唯一〉であることの尊さと他者に寄り添おうとする想いのほうが素敵で美しい、ということが伝わってくる作品です。

 本書はそんな表題作を始め、「ゼロ年代の臨界点」「美亜羽へ贈る拳銃」「ホーリーアイアンメイデン」「シンギュラリティ・ソヴィエト」「ひかりより速く、ゆるやかに」の六篇から成る、同じ人が書いたと思えないような色彩豊かな短編集ですが、そのすべてがこの人しか書けない、というような雰囲気を持った一冊です。

 正直に言います。私はここに収められた魅力的な作品たちの美点を明快に、そして十二分に語り尽くせるような読者ではありません。それでも私はこの作品を好きだと語りたいと思いました。〈愛〉という言葉を論じることができなくても、他者を〈愛する〉ことができるように。ただこの〈愛〉という曖昧な感情をあなたはどこまで信頼していますか、と問われたような気がした「美亜羽へ贈る拳銃」、

 もう死んでいる(であろう)妹の手紙によって物語が進んでいき、後半に明かされる妹の想いとこれを読んでいるのであろう姉の姿を想像して、強烈に胸を揺さぶられる「ホーリーアイアンメイデン」、

 謎の低速化現象のその後を描く「ひかりより速く、ゆるやかに」は、まぁとにかく読んでくれ、と言いたくなる作品で、余韻の残るラストがとても印象的な作品です。

 前述したように私は本書を十二分に語り尽くせるような読者ではありません。本書を好きだという表明。レビューの名を借りたラブレターと捉えていただいても構いません。〈無名〉で〈匿名〉の書店員が同い年の作家へ捧げるラブレターなんて、相手は欲しくも無いかもしれないけれど……。

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