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先読み不能の、壮大な監獄ミステリ!  沢村浩輔『時喰監獄』

〈黒氷室〉と囚人たちから呼ばれる〈第六十二番監獄〉。明治の始めに開獄して十七年が経つその監獄から生きて戻ってきた囚人は一人もいない。脱獄して生きて逃げ延びた者もいない。そんな絶望と諦めが囚人たちを苛む監獄で久しぶりに現れた脱獄者、赤柿雷太は、脱獄の途中で一人の男と出会い、不思議な会話をする。その後、胸に銃弾を浴びた赤柿だったが、一命を取り留める。本書はこの赤柿と銀座のビルに事務所を持つ私立探偵だと名乗る御鷹、そして主人公に当たる新たな受刑囚の北浦、という三人を中心人物にして物語が進んでいきます。

 帯には大きく〈90ページで世界はひっくり返る〉と書かれていますが、確かにそこ以降の展開は言うべきではないでしょうし、読みたいと思った方は偶然知ってしまう前に読むことをおすすめします。知ったから色褪せてしまうということは無いとは思いますが、知らない方が驚きは大きいと思います。

 狭く苦しい監獄を突き破って、世界はどこまでも広がっていく。物語の展開、その予想はことごとく外れ、不安を抱えたまま先の見えない道を歩くしかできなくなってしまう。しかしその不安に魅力を覚えている自分がいることに気付きます。敷かれたレールをはみ出る面白さ、先読みの出来ない壮大な物語を求めている人に、ぜひともおすすめしたい作品です。

 物語後半になっても、どういう結末を迎えるのか想像が付かず、この倍の分量はいるのでは、と思ったりもしたのですが、物語は綺麗な形に収束していきます。

 本書は明治期を舞台にした監獄ミステリでありながら、まったくその枠に収まらない広がりを持つ作品です。ただその広がりがどういったものなのかは書けず、はがゆい気持ちもあるのですが、歴史ものはちょっと苦手、という人にもぜひ手に取って欲しい小説です。本書はある時点からの展開が意外すぎて、その内容に触れづらいので、本当にこの物語を求めている人の手に渡らないのでは、という不安が実はあり、余計にそう思ってしまいます。〈壮大なエンターテイメント〉とか〈大スペクタル〉みたいな惹き文句が使われる作品が好きな人には、特に読んで欲しい一冊です。

 近年に出た監獄ミステリには、鳥飼否宇『死と砂時計』という世界観の大きな傑作(これもぜひ読んで欲しい作品です)もありますが、世界の大きさ、広がり、という点ではこっちも劣っていません。

 ぜひ、ご一読を!