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青年の恋と冒険を描く、あまりにも壮大で愛おしい物語           『800年後に会いにいく』河合莞爾

 クリスマスを前に控えていまだに就職が決まっておらず、沈んだ気持ちを抱えていた茫洋大学四年生の飛田旅人はサンタクロース風のアルバイトと思わしき人物から道端で一枚の紙を受け取る。その紙には「株式会社エターナル・ライフ」の求人情報が書かれていた。いかがわしさ満点の内容だったが、〈正社員への道あり〉という言葉につられ、その会社を訪れる。

 どう考えても問題のある会社にしか思えない「株式会社エターナル・ライフ」だったが、そこで出会った菜野マリアという女性に惹かれ、アルバイトとして働くことになった旅人は、二十四日の夜、クリスマス・イブにマリアから残業を頼まれる。未知のウィルス対策のために夜中までマシンを監視することになった旅人の前で、マシンに未知のウィルスが侵入する。慌てて電源コードを抜くが停止せず作動し続けるマシンから流れてきたのは、謎めいた動画だった。

《お願い、スズランを守って。//あと八〇〇年の間、スズランを守って。//そして、エルピスのあたしにスズランを届けて。//西暦二八二六年のあたしに。》

 本作は取り立てて他より優れたところを持たない平凡な(すくなくとも本人はそう思っている)青年の恋と冒険を描いた物語です。好感の持てる青年を語り手に、ユニークな発想、壮大な設定、先の読めない展開、意外な真実、といった要素を物語の中に絡めた本作は(私という人間が)エンターテイメントに求めるすべてがあるように思いました。

〈会うことのできないほど、遠くにいるあの人が助けを求めている。そんなあの人を救いたい……〉そんな物語は決してめずらしくありません。例えば主人公がさらわれた姫君を救いに行くゲームや漫画、ファンタジー小説って問われれば、そんなに詳しくない人でも簡単に1、2作くらいは簡単に挙げられそうです。そんな誤解を恐れずに言えば、〈どこにでもある〉物語を、既視感なく蘇らせたのが本作だと思います。とんでもない大風呂敷を広げた小説であり、正直に言えば荒っぽいと感じるところもあるし、強引だなと感じるところもすくなくない。それでもこの作品は愛おしい。

 素直であることを最大の武器にした、壮大で純真無垢な恋愛SFミステリです。ネタバレになるので書けませんが、SFやミステリ的な工夫も本当に素晴らしい作品です。おそらくこの部分にあまり触れられないために表紙やあらすじが恋愛ファンタジーっぽい雰囲気になっているのだと思いますが、解説にも《あるジャンルが好きでも、嫌いなジャンルが含まれていると、ゼロの掛け算の積がすべてゼロになるように、作品自体を忌避して手に取らない人が出てくるからだ。》と書かれていますが、SFやミステリが好きな人にもぜひ手に取って欲しい作品になっています。

 ぜひ、ご一読を!