見出し画像

ラザニアとレモンの葛藤

あと2分…。
指が取れるんじゃないかってくらいの勢いで書類を作成する。

あと1分…。
パソコンの画面を静かにスリープモードにして、財布と携帯、日傘を取り出す。

12時30分!
来た。1日で1番幸せで楽しい時間。画面上の数字がちょうど1230を指した時。
隣に座るマリナとスタートダッシュを切る。「お昼いただきます!!!」

私たちは単なるOLではなく、一種の開拓者だ。洗練されたビルよりもお洒落なレストランが目立つここでは避けられない進化と言ったところだろうか。
毎日レストランに足を運んではエリア開拓して行った。

その中で見つけたお気に入りのお店、ファミリア。
ここ最近は開拓を休憩…というよりかはファミリアに根を下ろしている。
「暑い中他に美味しいお店探すのもだるいよね」「ハズレたら嫌だしね」というなんとも怠惰な会話で今日もファミリアに至るわけだ。

ファミリアは伝統的なイタリアンレストラン。お昼時にもなると、ラフな服装の会社員と品格漂う叔母様と叔父様方で賑わう。おそらく、常連で最年少は私たちだろう。
席に案内され、ランチAセットのラザニア・サラダ・アイスティーを注文する。一度ここのラザニアを口にしてからというものの、マリナも私も浮気ができなくなってましまった。

もちろん、今日もラザニアに首ったけなのは例外ではない。その美しいフォルム、愛くるしい匂い、キュンとする味は何度となく人々を恋に落とす。

ただ一つ、最近例外なことといえば、あのウェイターさん。

歳はおそらく、私たちとそれほど変わらない。にもかかわらず、叔母様叔父様たちのテーブルでは楽しそうに注文を聞いているし、次のテーブルではいくつもの言語を操りながら外国の方と会話をしている。
韓国のアイドルグループにいそうな高身長と綺麗なお顔を持ちながらも、人種年齢層問わずの完璧な接客をする彼から目を離せずにいる。そんなのって、ここ数年の開拓人生、ましてやファミリアに根付いてから例外中の例外でしかなかった。

初めて見た時からその不思議な空気に惹かれない訳もなく、彼への質問をマリナにぶつけた。
「普段はディナーで働いてるのかな?!」
「何ヶ国語話せるの?!もしかして、ハーフなのかな?!」
「歳も近そうなのに、ここで日中も働いてるって…なんで?!」
フワフワとしたマリナは「そうかもねー」と天使の微笑みで答えるだけだった。(もちろん、その微笑みは私との会話へ向けられたものではなく「頬っぺたが落っこちるとはこういうことか」と実感させられるほど美味なラザニアに向けられたものである。)

そんなある日、あのウェイターさんが私たちの席に注文を取りに来た。
遠目で眺めるよりキリッとしたお顔立ちだった。
「シャツの下の筋肉が透けてる…」とはれんちな目で思わず見惚れていると、視線を感じたのか顔を赤くして「お待ちください。」と残し彼はキッチンへ向かった。
「え、なんか可愛いんだけど反則じゃない?!」と興奮気味の私に反してマリナは仏の笑みを浮かべていた。

メインのラザニアにうっとりした頃、彼がアイスティーを持ってきた。「レモン、ありますか」というと、「オヒトツデスカ」と尋ねてきた。なんでカタコトやねん。
その後、私とマリナがお腹を抱えて笑いすぎ、愛しのラザニアを吐き出しそうになったのは言うまでもない。
だって、何故か彼はリキッドレモンを5つも持ってきたんだもん。

それからというもの、彼が接客する回数が増えていった。
「ウェイターが3人しかいないのに3分の1の彼が来るのってすごいよね」と話しつつも、平凡な日常に加わった甘酸っぱさを嬉しく思っていた。彼がレモンの数を聞き、私が1つと答え、彼が5つ持ってくるという一連の流れは、何故か毎回の定番となっていた。
心なしか、レモンを使った量と比例して、彼からの視線を感じる回数が増えた気がした。

少しお昼が遅れ、空いていた水曜日。
いつもは会計をすることのない彼がレジに立っていた。私たちは別々ではなく、必ずどちらかがまとめて支払う。
その日はマリナが支払うことになっていたので、私は少し離れたところから会計を待っていた。
マリナが会計をしている最中、彼はじっとこちらを見つめていた。「顔に何かついてるかな…。」と思うと目も合わせられないので、代わりにニコニコとしているマリナを凝視した。

「ご馳走さまでした。」そう言った瞬間、「これ、お店のカードなので良かったら。」と言って「リストランテファミリア」と書かれたカードを渡してきた。突然の行動にマリナと顔を合わせ、笑いを堪えながらお店を後にした。

帰宅後、ふと思い出してカードを取り出した。
何気なしに裏面を見てみると、明らかな手書きの文字があった。
「Would you like to go on a date with me?(僕とデートに行かない?)」
何故英語…。
急いでマリナにカードを確認してもらったが、そんな文字はどこにも見当たらないと言う。

ごめんね、ラザニア。
私は何故か深夜にレモンが恋しくなった。

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?