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短編小説

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2020年4月の記事一覧

上から

上から

 どうも、今日も暇つぶしご苦労様。
 こんなどこの誰だかも分からないようなやつの文章を読みに来るなんて、君は本当に暇なんだね。
 こんな駄文を読みに来るくらいなら、もっと面白い文章を読めばいいのに。もっとさあ、有名な作家さんの小説とかさあ。
 ああ、そういうのを買うお金もないから、こうやって無料で読める文章で暇を満たそうっていう魂胆だね?さすが貧乏人。貧乏くささが液晶越しに時空を超えてこっちまで臭

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ツッコませ彼女

ツッコませ彼女

 僕の奥さんはボケが上手い。
 数年前、秘書に対して暴言や暴力を振るった女性議員が話題になった時は、その女性議員の等身大ポスターを、僕の誕生日にプレゼントしてきた。
 あまりにもひどいプレゼントだったので、
「ちーがーうーだーろー!」
 と言ってやった。彼女は大喜びした。
 この間の誕生日には、
「誕生日おめでとう」
 とゼロ距離で近寄ってきて、
「今夜は一緒に寝よ?」
 なんて言ってきた。ああ、

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届かない手

届かない手

「助けてあげようか?」
 声をかけずにはいられないシチュエーション。やむを得ずに善行を積もうとすることを、「偽善」と呼ぶのかもしれない。
「え、結構です」
 偽善で差し伸べた手は、簡単に振り払われる。帰り道で転んで、ひとりでに立ち上がる、少女の後ろ姿。たくましいその背中とは対照的に、僕の心は矮小だ。
 せっかく心を砕いて手を差し伸べたのに。せっかく勇気を出して声をかけたのに。ありがとうございますの

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サラダ・ボウルの惨劇

サラダ・ボウルの惨劇

 野菜室の穏やかな暗闇。彼らは寝息もたてず、安らかに眠る。
 遥かなる故郷の畑の土の匂い。農家が与えてくれる美味しい肥料。穏やかな夢の中。誰もがずっと、この夢が続くことを疑いもしなかっただろう。
 ぱかっ。暗闇の中、突然に扉が開いた。同時に、台所の鈍い光が野菜室に差し込む。更には女の美しい手が伸びてくる。
「ん、なんだ?」
 寝ぼけ眼のキャベツを襲ったのは、何かに掴まれる感覚。それはいつの日か、ス

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Unusual majority

Unusual majority

 心療内科に行った。
 結果から言うと、うつなどではなかった。
 だけど僕の心には問題がある。問題があるという自覚は、なんとなくある。だからこそ病院に足を運んだ。
 清潔で、潔白な、白い箱。その中には僕と同じような人たちが、診察を待っている。絵本を読みながら待つ男の子。お母さんと仲良しそうに話す女の子。携帯をいじる青年。ファッション雑誌を読む女性。みんなどこをどう見ても、どこから見ても、普通の人。

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将来の後悔

将来の後悔

 車の運転の仕方を、忘れた。
 もともとペーパードライバーだったとか、そういう訳ではない。唐突に忘れてしまった。ベランダの手すりから空へ飛び去った小鳥が戻ってこないのと同じように、運転の技術も思い出すことができない。
 次に、インターネットで検索する方法を忘れた。何をどうすれば調べられるのか、感覚的にこなしていたその手順は、すっぽりと頭から抜き取られていた。記憶にぽっかりと大きな穴が開いているよう

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とある悪戯の算段

とある悪戯の算段

「くれぐれも、鬼にはばれぬように」
 スーツ姿の男が言うと、小学生男子はこくりとうなずく。
「途中でばれないか怖いね」
 言葉とは裏腹に、小学生男子はうきうきとしている。
「安心しろ。段取りは完璧だ。怪しまれることは無い」
 さっそく準備に取り掛かろう、男はそう言うとポケットから携帯電話を
取り出した。
「もしもし?-例のやつは準備大丈夫そうですかね?-ああ、念のため確認でした」
 よろしくお願い

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建国のタイムリープ

建国のタイムリープ

 いくらなんでも、そこまで戻らなくてもー。
 卓也は目の前の絶景を見てあきれ果てた。広大な大地、未開の地、太古の地。タイムスリップしたのは見てわかる。
「俺はここで一体、何を成せばいいんだ」
 頭を抱え、うずくまる。突然過去にタイムスリップしてしまったのならば、それに見合ったドラマチックな運命が待っていると思うのだけれど、この状況でそれを感じるのは難しい。
「ううぉう、おおう」
 突然、奇妙な鳴き

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黒猫

黒猫

 朝目覚めると、体の上に黒猫が寝ていた。
 なんらおかしなことは無い。なぜならもともとペットとして飼っている猫だったからだ。
「クロちゃん、おはよう」
 名前を呼ぶと、にゃ~おという大きなあくびが返ってきた。愛らしい我が飼い猫。まだ眠いよね。
 布団の上で引き続きくつろぐ黒猫を横目に、私は朝の支度を始める。
 まずは日課である瞑想。あぐらをかき、静かに目を閉じる。すー、はー、すー、はー、と、呼吸を

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猿の気持ち

猿の気持ち

 俺は猿だ。動物園の。
 俺の住んでいるところはサル山ではない。檻の中だ。
 檻の向こうから、人間たちは俺を見て楽しむ。「お猿さーん、こっち向いてー」とか「きゃあ、あの猿かわいい」なんて黄色い声を毎日のように浴びている。非常に気持ちがいい。
 近しい人間、俗にいう「飼育員」とやらは、決まった時間にやって来ては衣食住の世話をしてくれる。
「毎日ご苦労様」
 そんな言葉を、温かみのある表情で伝えてくる

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咆哮

咆哮

 男は、オオカミ男。
 満月の夜は、オオカミになる。自分の意識とは関係なく。場所も状況も関係なく。
 男はそんな自分の特性を厄介に思っていた。25年間ほど生きてきた、これまでの人生においては。
 小さい頃はお泊り会の夜が満月の日だという理由でひとり欠席せざるをえなかったし、月が満ちるたびに夜ご飯には苦労する。このあいだなんて、せっかく女性に誘われたにも関わらず、「その日」だったという理由で、断らざ

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悲しみ権

悲しみ権

「世の中にはもっとかわいそうな人がいるのよ」
 同じようなセリフを、何度となく言われてきた。いや、実際に何度も言われたわけでは無い。自分の頭の中で、何度となく繰り返しつぶやいた言葉である。
 自分が悲しみに暮れようとしているときに、水を差すかのように。
 世の中には戦争で家族を失った人もいれば、重い病気で寝たきりの人、いくら努力しても報われない人など、たくさんの「かわいそうな人」であふれている。

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居酒屋

居酒屋

 人類なんて滅んでしまえばいいのに。
 小さい頃、本気でそんなことを考えていた。なんでだと思う?-それは、人間以外の生き物が好きだったから。人間以外の生き物(それは虫だったり、魚だったり。とにかく、人間以外の生き物、である)が好きだったから、地球に害をなす人間という種が、嫌いだった。
 今では「先にお手本を見せて滅んでくれよ」なんて言われそうで怖い。言われても仕方がないような気はする。だってそんな

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重い、想い。

重い、想い。

「ごめんなさい。あなたと付き合っているイメージがわかないの」
 2年間、温めた想い。それは生みたての鶏の卵が農家のおじさんに回収されていくみたく、あっけなく摘み取られた。
 分かってたさ。そりゃ、僕だって君と付き合っているイメージなんて、湧いてなんかない。っていうか、付き合うってなんだよ。誰かと付き合ったことのない僕には、知っているはずのないことだった。
 それでも勇気を出して告白したのは、彼女の

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