重い、想い。
「ごめんなさい。あなたと付き合っているイメージがわかないの」
2年間、温めた想い。それは生みたての鶏の卵が農家のおじさんに回収されていくみたく、あっけなく摘み取られた。
分かってたさ。そりゃ、僕だって君と付き合っているイメージなんて、湧いてなんかない。っていうか、付き合うってなんだよ。誰かと付き合ったことのない僕には、知っているはずのないことだった。
それでも勇気を出して告白したのは、彼女のことが好きだという自分の気持ちだけは、確かなものだと感じていたから。フッたあの子は、あの時どういう気持ちだったのだろう。風のうわさでは、僕の気持ちが重かったから、それに対して応えられないだろう、と思ってしまったのだとか。どうせ傷つけないための簡単な口実だろう。と、当時はそんなふうに思わずにはいられなかった。
あの頃から、ずいぶんと時間が経つ。5年は過ぎたかな。
思えば若かった。20代半ばの若者に「若かった」なんてセリフは禁句なのかもしれないけれど。人生の先輩方が聞いたら「うぬぼれるな」なんて言われてしまいそうだけれど。
「なにぼーっとしてるんですか?」
隣を歩く彼女が回想を打ち破る。彼女と言っても恋人ではない。この年になれば彼女とまではいかずとも、仲の良い女の子の、たかがひとりやふたり、僕にだっている。
「今、なんだか私、ぞんざいに扱われた気がしたんですけど」
彼女の勘は鋭い。
「いや、決して君を数いる女ともだちのたかがひとり、みたいなふうに思っているわけではないよ?」
「あからさまですね。そんなこと言って、私が先輩のこと好きだったらどうするんですか?」
わざとらしい、上目遣い。頬を膨らませ、愛嬌たっぷりに見つめてくる。分かってる。この子はあざとい。こうやって僕で遊ぶのが趣味なのだ。
「そんなことやって、僕が君のこと好きだったらどうするんだい?」
ぷふふっ、と、膨らんだ風船から空気が漏れた。
「ぷっ、ふふっ、先輩、私のこと、好きなんですか…?」
顔が近い。まっすぐな黒目から、必死で目を逸らす。そうやって、どうせ他の男にも、同じような距離感で話してるんでしょ。そんなふうに思っていないと、勘違いしてしまいそうな距離だった。
「好きだよ。友だちとしてな」
「私たち、友だち止まりですか...?」
「なーにしゅんとしてんだよ。友だちだ。もっと言うと、先輩と後輩だ」
「つれない!つまんな!先輩がそんなんだからー」
そんなんだから、なんなんだ?
「そんなんだから、私はー」
奇妙な沈黙。私はー?
「へへへ、釣りがやめられないなー、って」
「人を魚みたいに呼ぶなよ」
「先輩が釣れるまでやめませんよ」
「僕は大物かなにかか?」
「ある意味大物かもしれないですね」
「せいぜい釣れたら魚影でも飾ってくれ」
僕らは、出会ってから2年間もこんなやり取りをしている。その間、僕には恋人ができたこともないし、彼女にも恋人の影は感じられない。そして2年間を通して僕は彼女の釣り針を、撒き餌を、網をかいくぐり、今現在の距離を保っている。
「まあでも、先輩に彼女なんてできる訳ないですけどね」
「なんで言い切れるんだよ」
「なんというか、予感です。いや、希望的観測かもしれない」
「暗に好きであることをほのめかしてるように深読みさせて、勘違いさせようとするのやめろ」
「え?面白いツッコミですね。先輩の想像力の豊かさがうかがい知れます。もう一回言ってもらっていいですか?」
そう言いながら、ぐいぐいと体を寄せてくる。ほんと、感心するほどあざとい。
「そんなこと誰にでもやってると、婚期を逃すぞ」
ほぼ密着した彼女は、別に構わない、とでも言いたげな顔。
「他の誰かにやっているところを見たとでも?」
ややムッとした表情。怒っている?
「っていうか、私が婚期を逃したら先輩のせいですよ」
きっとこれもまた、思わせぶりな発言なのだ。
「ですので、そうなったらー」
「ー先輩が責任取ってくださいね」
僕に対して顔を背けながら、彼女は言った。彼女が精いっぱい僕への好意を伝えているつもりなのは、分かっていた。
本当は、彼女の気持ちにはもっと前から気づいていた。いや、気づいているつもり、というのが正しい。他人の気持ちなど、それがどんなに親しい人であっても、理解することなどできないものなのだから。
だからこそ、肝心なのは、自分の気持ちだけ。
だけど、今だって十分に楽しい。隣にこの人がいるのが。
「やれやれ」
誰に放ったわけでもない言葉。もしかすると、自分に対しての「やれやれ」だったのかもしれない。
僕にはもう、5年前に好意を寄せていたあの子が、僕をフッた理由を、風のうわさでしか聞こえてこなかった理由を、「どうせ傷つけないための簡単な口実だろう」だなんて、思うことはできなくなっていた。
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