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猿の気持ち

 俺は猿だ。動物園の。
 俺の住んでいるところはサル山ではない。檻の中だ。
 檻の向こうから、人間たちは俺を見て楽しむ。「お猿さーん、こっち向いてー」とか「きゃあ、あの猿かわいい」なんて黄色い声を毎日のように浴びている。非常に気持ちがいい。
 近しい人間、俗にいう「飼育員」とやらは、決まった時間にやって来ては衣食住の世話をしてくれる。
「毎日ご苦労様」
 そんな言葉を、温かみのある表情で伝えてくる。俺の方こそ、彼にご苦労様と言ってあげたい。
 檻の外の人間の中には、俺を哀れむような目で見つめる者がいる。
「檻の中に閉じ込められてかわいそう」
 とでも言いたげな表情をしている。
 俺はそいつに対して、そっくりそのまま、その言葉を返す。心の中で。
 ここいらでひとつ、人間たちの勘違いを正してやりたい。
 人間たちは俺を檻の中の猿だと勘違いしているが、それは違う。
 俺が檻の中にいるのではない。人間たちの方が、檻の中にいるのだ。
 俺がいるのは檻の中ではない。檻の外なのだ。空間の大小は関係ない。広い方が中である、という可能性を、君たちは捨ててしまっている。
 だから、俺が鑑賞される側で、君らが鑑賞する側、という考えも、正しいとは言えない。
 俺の方が、よっぽど君たちを見ている。
 何千、何万と、通り過ぎる人間の、各々の表情を眺めるのは楽しい。大抵、違っているから、飽きることは無い。
 自分たちが見られているという意識なんてみじんも無く、俺を眺めて楽しい気分になっている。悪く言えば間抜け面だ。
 だからそれに気づかない君らの表情を見て、俺は毎日、「ウキキ」と笑っているのさ。そんなはずない、だって?いやいや、毎日ウキキと笑っているではないか。
 俺たちはウキキと鳴くイメージを持っているだろうが、それは笑っていることを悟られないようにするために、猿たちの間で「ウキキ」と鳴くようにと、打ち合わせているからだ。本当はもう、君たちの言葉をとっくに理解できているし、君たちの使う言葉で会話することもできる。君たちの知らないところで、君たちの知らない言葉で、やりとりしているのさ。
 明日も人間たちの愉快な顔を見れると思うと、心がウキウキしてくる。さあ、そんなこんなで内緒話は終わりだ。ここで聞いたこと、くれぐれも他言しないようにな。
 それではまた今度、動物園で会おう。会った時は、見られている側の意識で俺の前に立ってくれよ。そしたら「あ、あの時のあいつだな」って、気づいてやるからさ。
 そんで、その時は指をさして笑ってやるよ。「ウキキ」ってな。

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