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黒猫

 朝目覚めると、体の上に黒猫が寝ていた。
 なんらおかしなことは無い。なぜならもともとペットとして飼っている猫だったからだ。
「クロちゃん、おはよう」
 名前を呼ぶと、にゃ~おという大きなあくびが返ってきた。愛らしい我が飼い猫。まだ眠いよね。
 布団の上で引き続きくつろぐ黒猫を横目に、私は朝の支度を始める。
 まずは日課である瞑想。あぐらをかき、静かに目を閉じる。すー、はー、すー、はー、と、呼吸を繰り返す。雑念が浮かんできては、再び呼吸に意識を戻す。この繰り返し。
ぴぴぴぴ
 集中状態を、タイマーの音が切り裂く。時間が経つのも分からなくなるほど集中できていたようだ。静かにまぶたを持ち上げる。
「おや?」
 視界に第一に飛び込んできたのは、黒猫だった。どうやら人肌恋しくなってしまったようで、あぐらを組んだ脚の上に丸まっていた。
「ちょっとごめんね」
 そう言って彼女を床に寝かせた。身震いをした彼女は、眠りを阻害されて少しだけ不機嫌そうだった。罪深い気持ちにはなるけれど、習慣をおろそかにするわけにはいかない。
 さて、次のルーティンは散歩である。外に出て、準備体操をする。ゆっくりと歩き出す。散歩は脳や精神にも好影響を与えると知ってから、毎日取り組んでいる。
 ああ、朝の空気が気持ちいいーなんて考えながら歩いていると、前方に向けていた視界の端っこから、黒い何かがはや歩きで現れた。
「クロちゃん?」
 それは黒猫だった。我が愛しの、黒い猫。
「こんなところまでついてきちゃったのね」
 しかしながら、飼い主に伴走する黒猫とは、まったく、ウチの猫は賢い。賢い賢い。そんな親ばかなひとりごとをつぶやきながら、いつものコースを歩き終えた。
 自宅に戻り、ようやく朝ご飯を食べる。規則正しく動いた後の朝ご飯は、たまらなく美味しい。
「おお、クロちゃんも朝ご飯を食べなきゃね」
 食事が欲しそうににゃあにゃあと鳴いている黒猫を見て、いつものご飯を食べさせようと、猫用の器にキャットフードをよそったときだった。
 3つの黒い影が、器にいっせいに押し寄せたのだ。
「ク、クロちゃんが分身した!?」
 なにが起こったのか分からないまま、周りに目を向ける。すると、キャットフードに群がる3匹以外にも、ベランダに4匹、玄関に2匹、ベッドの上に4匹、といった具合に、何匹もの黒猫が出現していた。
「いったい、どうなっているんだ」
 困惑の最中、足元に違和感を覚える。
「ニーニーニー」
 たくさんの黒い子猫が、靴下に身体をすり寄せていた。
「か、かわいい!かわいいけど」
 かわいいけど、訳が分からない。うちのクロちゃんが子どもでも産んだというのか?と、困惑し続けていると、次は後頭部をざらりとした何かに舐められた。
「で、でかいー」
 背後を振り向くと、自分の数倍はあろうかという巨大な黒猫が僕を見下していた。
「う、うわー」
 驚いたのもつかの間、巨大猫は僕をぺろぺろと舐めてくる。足元では変わらず子猫たちがにーにーと鳴いている。他の猫たちも、次々と僕の身体に群がってくる。
「あははは!き、気持ちいいなあ!」
 僕は猫に群がられる快感に溺れることにした。気持ちいい、極楽と言うものがあるとすれば、こんな感じだろうなー、なんて考えていると、どんどん意識が遠のいていった。

「はっ」
 朝が来た。なんだか夢からさめたような、さめていないような、そんな気分だった。
 体の上に何かがいる感触。見ると、そこには、2匹の黒猫が寝ている。飼っている猫は1匹だった気がするのだけれど、細かいことは、どうでもいい気がしていた。
 どうせまた、猫が群がってくる夢でも見ているのだろう。

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