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リトル・メルヘン

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#詩

とりかえっこ

 昔々、街の中心に近いところに傷ついた鶴がいました。偶然にそこを通りかかった若者は、傷ついた羽を震わせ苦しそうな鶴を見つけて立ち止まりました。(助けなければ)若者は助けることを前提にして、念のためにその後のことも考えてみました。もしもこの鶴を助けたとして、鶴の傷が癒え、元気になったとして……。
 若者は助けた後の未来に想像を掘り下げながら立ち止まっていました。元気になった鶴が、突然家に押し掛けてく

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テレビタックル

テレビタックル

 猫がテレビにタックルした。
 アナウンサーは読みかけの原稿を置いて、カメラを睨みつけた。
「もううんざりです。どのニュースも伝えるまでもない。今入ってきたニュースなんて、もうニュースでさえない。こんなものは昼下がりの公園で暇を持て余した貴方たちが、おしゃべりの種にでもすればいい。ふん、ニュースだと。こいつのどこが、いったいニュースだ? ふん、こいつは個人の日記に毛が生えたようなもんだ。私が伝える

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規制の銃

規制の銃

 朝から晩まで身を乗り出して鈴木鈴木と叫ぶ声が疎ましいので規制の銃をぶっ放してリフレインを規制した。鈴木は鈴木ばかりを繰り返すことができなくなって、スタッフの名を順に叫んでいる。デモ隊の列に規制の銃をぶっ放して、旗揚げを規制した。彼らは着ていたTシャツにメッセージを書いて、裸になって行進した。なかなかしぶとい連中だ。
 顔を合わせる度に上から説教してくるので、規制の銃をぶっ放してお説教を規制した。

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チャララララ

チャララララ

あのメロディーが聞こえてくると
みんなたまらず飛び出してくる
チャララララ

宿題も家事も放り投げて
絵を描く者は筆を置いて
争う者は拳を置いて
五段も七段も指し手を止めて
「一旦封じます」

チャララララ
対局室からアトリエから
地下街から屋上から
オフィスからビルの中から
トンネルから山の上から
町の外からまでも

チャララララ

吸い寄せられた人々に取り囲まれて
車は動きを止めた
降りてきた

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おじいさんと雨

おじいさんと雨

 本当は早く終わってほしかった。
 おじいさんの話を聞きながら、僕は雨が心配だった。
 朝のお天気おねえさんが言っていた通りに、雲は今まさに頭上に集まりつつあった。おじいさんはとても楽しそうだ。たいした相槌も返せないけれど、おじいさんはどんどん話を前に進めた。僕はただ静かに話がきりのいいところまで行って落ち着くのを待った。

(それではまた)
 別れの言葉をポケットの中で温めていた。もうそろそろ話

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シャドー・ファイター

シャドー・ファイター

 誰にも会いたくなかった。
 俺は電灯の下で顔のない男と対していた。
 お前は俺の影。俺の繰り出すジャブもストレートも、お前には届かない。お前は俺ほどにしなやかで、俺にも増して素早い。何よりも従順な練習パートナーとなるだろう。
 俺が立つ限りお前は立ち、俺が倒れぬ限りお前も倒れないだろう。思えば俺の敵はお前だけなのかもしれないな。
 さあ、こちらから行くぞ!
 俺は強くなりたいんだ!
 俺は探りの

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うどんおばば

 がらがらと扉を開けると帽子の紳士が一人かけていた。私は店の中程に進み広いテーブル席の隅に座った。すぐにおばあさんがお茶を運んできた。
「今から茹でますと25分かかります」
 仕方ない。美味しいうどんのためなら私は待つことにした。お待ちくださいとおばあさんは店の奥へ姿を消した。間を置かず今度は少し若い女性がやってきた。
「今から茹でますので12分かかりますけど」
「あれっ。さっき別の方に言いました

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踏切の向こう側

踏切の向こう側

 生きていく上では忘れてはいけないことがいくつもある。
 挨拶をすること。まあ、いいや。後で返そう。呑気に構えている内にどんどん人々が去って行く。気がついた時には自分だけになっている。
 さよなら。言える時に言っておかないと後からでは言えなくなる。忘れないように……。そう心がけていても、やっぱり忘れてしまうことがある。

 鍵をかける。これは基本的なことだ。
 家を出る時には、他にも忘れてはいけな

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フレンド・オブ・ベスト・フレンド

フレンド・オブ・ベスト・フレンド

「もう動けないよ」
「動かないで」
「もう何の力にもなれない」
「大丈夫。ここにいて。僕が最高のクロスをあげるから」

「えっ?」

「君は合わせるだけでいい。ね。いい?」
「無理だよ。オフサイドになるだけだよ」
「心配ない」
「線審を欺くことなんてできないよ」
「ディフェンスを一人つけていくから」

「えっ?」

「こいつさ。こいつは仲間だ」
「じゃあ。ここで待っていて」

「君はいったい誰?」

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幸福のクジラ

幸福のクジラ

エスカレーターはいくつもあったが、みな下りていくばかりだった。
僕は下りていくに任せて落ちていった。

読みたい本の前には、人が立って邪魔をしている。
邪魔者が読み尽して帰っていくまで、そっと隣で待っている。
僕はようやく、読みたい本の前に立つことができるのだ。
どうしてかな……。
その時、僕が立つと読みたい本はなくなってしまう。
足元のカーペットが気持ち良さそうだ。
誰か、一緒にボール遊びをしな

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孤独のドリブラー

孤独のドリブラー

 灼熱のピッチの上で一段落のティータイムが提案されたのは、古い常識に縛られない主審の粋な計らいであった。ピッチサイドでは、解説者も選手も一緒になって、四万十川のおいしいみずを飲みながら、各自が持参した甘辛様々なお菓子を広げた。
「九州しょうゆ味だよ」
「これはなかなかいけるね」
「おまえチーズ味好きだな」
 色彩豊かな種々のお菓子は、それまでピッチの中にあった個々の溝を容易に埋めて、選手の口も軽く

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【退屈の話】退屈のはじめ

【退屈の話】退屈のはじめ

どこに行っても先々で猫に会った。
「いつも眠っているな」
 と何気なく言うと、
「おまえこそ」と言う。
 眠ってないし、まるで意味がわからない。
 そろそろ新しいことを始めなければ。

 何か始めなければならないと思い、決心して退屈を始めることにした。今までたかが退屈と馬鹿にしていたが、始めてみるとそう簡単でもないし、そう単純でもないとわかった。始めた以上は続けなければならない。何事も継続すること

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運命の人

運命の人

 昔むかしのことを考えながら歩いているとどんどん体が軽くなってゆくように感じられて、ますます弾むように先へ先へと歩いて行くと、時折風が吹いてかなしみが落ちて、かなしみが雨を降らせると、虹がかかりふわふわと虹の橋を歩いているとちょうど同じ頃に向こうからお姫様が歩いてきたので、結婚しました。
 めでたしめでたし。