20. 「できる」が壊れる。

その日はいつもと同じ朝のはずだった。

担当公演の、チケット販売状況のチェック。
数字がおかしいことに気づいた。

システム担当者に確認する。システム担当者の顔色がさっと青くなり、慌てて作業をはじめた。

とてつもなく大きなミスが起きていた。
はっきり書くことはできないが、公演のない日のチケットを売ってしまっていたとか、同じ席のチケットを二重販売してしまっていたとか、指定された一般発売日を間違えてフライングしてしまったとか、そういうチケット販売において誰がどう考えても「絶対にやってはいけないミス」のひとつが起きていた。
しかも販売してから丸一日経過していたので規模が尋常じゃなかった。1,000人規模のお客様に損害を与えるミスだった。

上司への報告。取引先への報告。
現実にこんなことが起きるなんて。この規模をリカバリーなんてできるのか?頭の中は真っ白だった。
日々の小さなストレスで消耗し、ギリギリのところで保っていたので、ミス発覚の段階で心は息切れを繰り返していた。逃げたかったが、私はこんなときでも「こなせる」社員だ。ベテランのシステムに詳しい先輩女性に助けてもらいながら、とにかくどんな手が打てるのかを考える会議に缶詰になった。

ミスの規模が大きすぎて、取引先も役員レベルの方が登場した。
毎日社内会議、お客様への対応、報告書をまとめ、取引先への謝罪を繰り返す。

一番辛かったのは、リカバリーの中で、社内の人間関係の問題が露呈したことだった。上の人同士が、「ここからはうちの部の担当じゃない」となすりつけ合う。今回のことをきっかけにして、過去の確執まで蒸し返される。

ひとつの問題に一丸となって立ち向かうには程遠い。私は絶対に逃げられない立場だが、上の人たちの担当の切り分けによっては関わらなくて済む人が出てくる。下からの突き上げもあったのだろう。「こんなこと私も言いたくないんですけどね」のテンションで、上層部はみんな冷酷に巧妙に避けようとした。

今そんなことで争っている場合か!と声をあげたかったが、それ以上にショックだった。会社ってこんなに脆いんだ。こんなにあてにできないものだったんだ。

そして、親身になって対応してくれた人々は、一人また一人とドクターストップで消えていった。直接ミスに関わった人は、やめてしまう人もいた。過重労働。心労。
そうだよね、そうなるよね…頭では分かっている。だけど孤独だった。

公演当日までの約2ヶ月間、毎日のように同じことが繰り返された。深夜2時まで会議して報告、次の日も朝8時から謝罪の打合せ。そんな日が続いた。

販売システムはとても複雑で、最後までなぜこうなったのか分からないこともあった。

お客様への対応は、基本は一件一件電話して謝罪。ほぼ毎日のように電話しても、公演当日まで連絡が取れないお客様もいた。

2ヶ月後の本番では、会場に待機して連絡が取れなかったお客様を待った。

公演が終了した日、疲れ切った体で近所のバルに一人で飲みに行った。それまでは一人で飲みに行くこと自体がなかったのに。
疲れ切っていて、放心状態で、黙々とワインを飲んだ。

私は強かった。だけどミスを乗り切ったのに、こんなに虚しい。いらないと思った。こんな我慢強さなら捨ててしまいたいと思った。

#日記 #生き方 #起業 #ライター #モデル #フリーランス #焼き菓子 #イベンター #退職まで #パティシエ #振り返り #フードライター #フードアナリスト #仕事観 #ライブ #音楽業界 #イベント業界 #就活 #音楽事務所 #イベンター #プロモーター #会社員 #鬱

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?