26. 同期からの餞は、エシレバターと「辞められていいね」

退職の日がやってきた。9月のシルバーウィークに入る直前が最終出社だった。

連休前のものすごく忙しいときに最終出社になったため、最後の日の送別会も皆さん仕事を抜け出して出席してくれて、また仕事に戻るような感じだった。

個別で送別会をやってくれた方もいた。その中で印象的だったのは、同期の送別会だ。

私たちの入社時の同期は7人いた。
一年に一人ずつくらい辞めていき、4年目に差し掛かる頃には残り4人になっていた。私が辞めるまではその4人が残っていたから、私が辞めるとついに過半数を切ってしまう。

同期とは、一年に一回くらい飲むことがあった。

私はそもそも、社内の人だけの飲み会というのは得意じゃなかった。

話の内容が、ほかの人の愚痴、仕事が楽しくない、いい男がいない、誰かが不倫している、噂話。だいたいそんなところに終始するからだ。
これが取引先とか外部の人がいると、業界内のトレンドや興行の進捗など少なからず興味のある話が出てくるので楽しめるのだが、社内の飲み会は自分が何を言えばいいか分からないし、そもそもあんまり他人に興味ないし、毎回同じ話してるなと思うと今すぐ帰りたくなるしで大概受け付けなかった。休日に社内の人同士で遊んでいるという人々もいたが、私にはその気持ちがわからなかった。

もちろんすべての人がそうだったわけではない。仲良くなって趣味の話とかに振り切って話してくれる先輩などは飲み会でも苦にはならなかった。そういう意味では、同期はほかの社員よりも距離が近くて話しやすいことに変わりはないはずだった。実際、私は周りに興味がなさすぎて、同期が教えてくれなかったら知らなくて損をしたり下手に傷ついたりするようなこともあったと思う。

そんな同期の残党4人、最後の飲み会。

私は飲み会終わりまでほとんど話すことがなかった。

精神的に疲れていた時だったし、気の利いた言葉は何も浮かばなかった。それも事実。

だけど何より、始まってすぐに大きな落胆を感じてしまった。

仮にも送別会なのに、相変わらずの社内の噂話や愚痴ばかりが溢れてくる。ああ、この人たちは何も変わらない。そしてこれからもずっと同じ、こうやって毎日膿を抱えて、そしてそれを解決せずに、どんどん自分を正当化して、傷を舐めあって生きていくんだ。そう思った。一杯目のビールに口をつけてすぐ話す気が起きなくなり、そのまま黙々と彼女たちの話を聞いた。

「いいよねー辞められて」
不意に言われた一言が、もう決定的に私と彼らの間を分断した。

「私なんか何もできないしさ、他の会社で雇ってくれるところないよー」
と続く。

なんて悲しいことを言うのだろう。それも実にあっさりと、当たり前のことのように。ため息をつくこともなく、表情一つ変えずに。

私の同期は私から見てもとても優秀で、どんな仕事をやってもきっちりこなす。今まで見てきて、私だったらあんなにがんばれないな、と思うことだってたくさんあったのだ。転職したかったらいくらでもできるよ。むしろ私よりも引く手数多だと思うよ…
なんて言えなかった。

軽々しく自分を卑下する彼らがショックだった。私が辞めることまで軽く扱われているような気がして悲しすぎた。

もうだめだ。今すぐ帰りたい。

治まりかけていた頭痛は酔いと相まって吐き気に変わった。
それと同時に、これまで自分を締め付けてきたものの正体が分かった気がした。

私はずっと劣等感を持っていたのだ。
他の子と同じように働けない自分に。
受け入れられない自分に。
逃げ出してしまう自分に。
そうしてはいけないと思っていた。
最低でも3年働かないといけないと思っていたし、興味のない仕事でも会社のためにやるべきだと思っていた。

ああ、だけど。きっと、もう大丈夫だ。
彼らのようにならなくてもいい。彼らは私のような考え方はしていないだけだったのだ。こんなに重く受け止めていない。悩み抜いて受け入れてきたわけではなく、そこまで悩んでいないのだ。

もう大丈夫。
私の決断は、間違ってはいない。

逃げ出していい。
会社のために働くことが自分のためにならないなら、辞めたっていい。呪縛は少し解けた。


同期は退職祝いに、エシレバターという超高級なフランスのバターをくれた。
これまでありがとう。と心から思った。

#日記 #生き方 #起業 #ライター #モデル #フリーランス #焼き菓子 #イベンター #退職まで #パティシエ #振り返り #フードライター #フードアナリスト #仕事観 #ライブ #音楽業界 #イベント業界 #就活 #音楽事務所 #イベンター #プロモーター #会社員 #鬱 #奨学金 #借金 #転職




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?