見出し画像

「モノの循環」という価値を高めるには?数々の現場を見てきた経産省責任者が得たヒント- サーキュラーエコノミー実現に向けた国の戦略を責任者に聞いてみた-

こんにちは!リコマース総合研究所(リコマース総研)、主席研究員のakaneです。
前回の軍地彩弓さんと安居昭博さんの対談に続き、今回は経済産業省の資源循環経済課長である田中将吾さんに、2023年3月末に策定された「成長志向型の資源自律経済戦略」や日本のサーキュラーエコノミーに関する政策の展望などをお伺いしました。

田中将吾さん
平成13年 東京大学経済学部卒、経済産業省入省
平成20年 ロンドン大学(UCL)留学(MSc Public Policy)
平成22年 経済産業政策局 調査課 課長補佐(計量担当)
平成25年 商務情報政策局 情報通信機器課 総括補佐
平成27年 経済産業政策局 産業再生課 総括補佐
平成28年 大臣官房 会計課 政策企画委員
平成29年 資源エネルギー庁 長官官房 総務課 調査広報室長・需給調整室長(兼任)
平成29年 資源エネルギー庁 長官官房 総務課 戦略企画室長
令和2年  JETROベルリン 次長 兼 産業調査員
令和4年  現職


欧州委員会から学んだ官民一体となった政策作り

ー これまで経済産業省などでご担当された業務について教えてください。

経産省でこの10年ぐらいやってきたことは、主にデジタル化とエネルギー政策です。また、2020年から2年間ほどドイツに赴任し、欧州での政策動向も見ていました。 欧州ではGX( Green Transformation、脱炭素社会に向けた取組)を進める1つの大きなアプローチとして「循環経済」が非常に熱く語られており、かつ、それを政策として進めていこうとしていました。そんな動向を「あ、こういう動きがあるんだ」とその当時はなんとなく見ていました。 そして日本に帰国後、私自身がサーキュラーエコノミーの担当になり、改めてこれまでの日本と欧州の政策を比較してみたのです。日本もこれまでGXに関する取組を推進しており、まだ後れを取っている訳ではないとわかりました。 

ー 欧州での経験が現在取り組まれている「成長志向型の資源自律経済戦略」と関係する点はありますか。

 欧州がやっていることをそのままコピーするつもりはないのです。ただ、彼らのアプローチには学ぶべきところも多い。例えば、欧州は計画を作って規制を作るというアプローチをとっています。そういったやり方をしていること自体は知っていましたが、あらゆる分野について様々な観点から規制を作り上げ、さらにその横では成長資金の調達を後押しするための予算を作っていくという政策的な措置を講じていてとても驚きました。かつ、プロセスも上手に組んで進めていて…欧州ではその様子が如実に見てとれました。そういった政策的なアプローチがなければ、サーキュラーエコノミーは自然発生的に伸びる市場ではないと思いますし、政府がある程度民間と対話をしながらフレームを作っていく重要さを感じました。

 欧州の良いところは、役所の中にこもって議論をするだけではなく、そこで作り上げたコアなものを政策議論に落とし込み、さらにキックオフからいろいろなステークホルダーを巻き込んで話し合いを重ね、そして民間へ還元していくところです。「こういうことをやらなきゃいけない」「ここのターゲットは譲れない」「でもそれをやるためのアプローチはこうではないか」といった仮説を出すと、「でもこれはこうだこうだ」とシンクタンクが意見を出し、民間企業がアイディアを重ね、全体の中での最大公約数を作っていくプロセスができていくのです。こういった官民一体の議論を我々もやらなければならないと思いました。そのため、「成長志向型の資源自律経済戦略」では官民のフレームを作り、その場で具体的な政策の枠組みを一緒に話し合っていくことにしたのです。

既存のモノの価値を高め、高速循環させることは国益にもつながる

ー 「成長志向型の資源自律経済戦略」を策定することになった背景や、どのような議論が進められたのか教えてください。
 
従来より、日本では3R(リデュース・リユース・リサイクル)の推進に取り組んできましたが、近年の新型コロナウイルス感染症の流行やウクライナ情勢等に端を発した物資や資源の供給制約を受け、物資や資源の再利用・再資源化等を通じて供給途絶リスクをコントロールし、経済の自律化・強靭化と成長に繋げる「成長志向型の資源自律経済の確立」を、経済産業政策の新機軸の1つとして、政策目標に掲げました。2022年10月には、「成長志向型の資源自律経済デザイン研究会」及び「資源自律経済戦略企画室」を立ち上げ、国内の資源循環システムの自律化・強靱化と国際市場獲得に向けて、技術とルールのイノベーションを促進する観点から、①競争環境整備(規制・ルール)、②サーキュラーエコノミー・ツールキット(政策支援)、③サーキュラーエコノミー・パートナーシップ(産官学連携)を基軸に、総合的な政策パッケージとして、「成長志向型の資源自律経済戦略」を2023年3月に策定しました。

ー 「成長志向型の資源自律経済戦略」を議論する研究会の中で印象に残っている指摘や学び、気付きなどがあれば教えてください。
 
「成長志向型の資源自律経済デザイン研究会」で委員を務めているデロイト トーマツ グループの松江さんが、「モノを循環させるためには、価値が循環しなければならない」とおっしゃっていたことが印象的でした。「循環することはいいこと」というイメージに誰も反対はしませんが、いざ行動に移すとなると「経済的・物理的な理由によって循環させるのは面倒臭い」「コストがかかる」といった考えが生まれがちです。だからこそ「循環することはいいこと」に加えてもう1つ、それぞれ関わる人たちにとっての価値が見えてくることが重要だと松江さんはおっしゃっていたのです。
 
我々は、従来の「モノを作って売ること」で消費者のWell-beingをより最大化させると考えていました。しかし、価値とはモノの存在に宿るのではなく「モノをどう使うか」によって生まれるものとすると、「天然資源を投入して作る=国民の幸せ」につながらなくなります。インプットを最小化してモノを作り、それを高速回転させる。その流れを「資源生産性」と表現します。新しい投入を減らしてモノの回転率を上げれば、結果として天然資源の投入量を減らすことができ、その結果として国内に付加価値が残りやすくなるし、同時に国全体の幸福度を維持することができる。そのように松江さんがおっしゃっていたことが非常に印象的でした。
 
また、エアクローゼットの天沼社長からは、リコマースにつながるような話をしていただきました。同社は衣服を調達して、それをファッションのサブスクリプションという形で消費者に提供しています。データを活用して顧客の好みに基づいた衣服を一定期間貸し出しすることで、無駄な購入・消費が減少します。ユーザーから戻ってきた服を検品して品質を確保するとともに、それをより好むユーザーにマッチングすることで衣服そのものの価値が最大化されるという、リコマースを体現しているサービスモデルになっています。
 
「成長志向型の資源自律経済デザイン研究会」では、海外の有識者にも発表していただきました。特に、欧州委員会の方々からは、規制策定や実際の政策実現に向けステークホルダーと連携しつつ前に進めていくというプレゼンがあり、欧州の取組の本気度が伝わってきました。

企業、消費者、自治体が一丸となって進めるサーキュラーエコノミー

ー 具体的に「成長志向型の資源自律経済戦略」についてどのような戦略が策定されたのでしょうか。
 
戦略では、大きく3つの問題意識を掲げています。1つ目は資源のリスクを低減していくことです。経済安全保障の中でも特に注目されているのが、天然資源の埋蔵量の問題。つまり、量的なアベイラビリティです。天然資源の需要はどんどん増えていますが、埋蔵量は世界的にも限られていて枯渇が心配されています。
 
2つ目が気候変動対策です。CO2の主たる発生源の一つは、モノづくりに必要な素材を製造する過程で生じます。素材の製造方法自体を全く変えないままに投入量を増やして経済成長するモデルでは、CO2は減りません。モノを作る時のCO2を減らすことは大事ですが、そもそも材料の利用の仕方や材料そのものを循環資源や再生可能資源に変えていかなければ、素材産業から排出されるCO2を大幅に削減することは容易ではない。その考えから、循環することによってGXに大きく貢献をしていこうというのが2つ目の視点です。
 
3つ目は、経済成長、あるいは新たな産業分野を伸ばしていく視点です。世界的には、サーキュラーエコノミーは新たな成長市場になっていくとの民間予測があり、これに呼応して様々なスタートアップにリスクマネーが流れ込むという大きな動きが起き始めています。リサイクルやリユースに関する技術進歩に止まらず、資源循環を好転させるような新たなビジネスモデルが伸びていくためには、デジタル技術をいかに利用して資源効率を改善していくのかも重要な要素となります。物理循環と情報循環が合わさることで、いわゆるリコマースという新たな市場の隆盛につながり得るのだと思います。
 
こうした問題意識に対処するためのアクションも、大きく3つから成ります。1つ目は規制・ルールの点検です。すでに、3Rを進めていくための各種法律のフレームが存在する中で、現時点で必ずしも十分ではないところを補強していこうと考えています。例えば、循環を促進する上で、環境に配慮した設計を行うべき製品として、今まで資源有効利用促進法(3R法)の対象になっていた品目について、新たな品目の追加が必要ないかなどのチェックなどを行う予定です。例えば、現時点で対象となっていない衣服やEV車のバッテリーなどが議論の対象になり得ると思っています。このルール整備の具体化は、経済産業省の審議会に新たに小委員会を設置して、議論を深めていく予定です。
 
2つ目は、このようなルールの実効性を確保するための支援について。「サーキュラーエコノミーツールキット」と銘打っていますが、投資支援や研究開発・実証支援など、GX投資のフレームを活用して、将来的な成長につながる道筋を描ける積極的な投資に対して財政的な支援を行なっていくつもりです。
 
3つ目は、官民一体のコンソーシアムを立ち上げ、業界の中のCEに関するトップランナーによる野心的な取組に光を当てていくとともに、業界横断的なプロジェクトの組成を積極的に支援することを考えています。個社ではなく、例えば動静脈連携(モノを作る上での静脈工程と動脈工程によるエネルギーを互いに利用しあったり、不要となった排水・排ガスなどを共同で処理し、消費やコストを削減すること)など、業界の垣根を超えて一丸となって、日本が目指しているターゲットに整合的な取組を支援したいと思っています。
 
これらが戦略でまとめたアクションです。ツールキットを実行に移すための予算要求は現在行なっていますし、ルール化はこれから審議会で議論し、産官学のパートナーシップについても9月中に立ち上げる予定です。
 
ー 競争環境整備の一つに「リコマース市場の整備」という内容があったと思うのですが、具体的に進んでいる内容があれば教えてください。
 
最近注目されているのは、ある消費者が使ったモノが次の人へ渡るだけでなく、一度ブランド等の製造業者が回収する、あるいはそれに近い専門性を持っている人が回収することによって、安全性やクオリティのコントロールをしながらリブランディングをして、価値を高めていく可能性です。市場が広がっていく中で、消費者の安全を保護するためにも、取引や製品の安全性の担保を徹底することは欠かせません。もちろん、規制による担保は重要ですが、よりリコマースの重要性がブランドオーナーさんに認知され、彼らが主体的にリコマース市場へ参入して取り組んでいくことが、今後の市場の発展のために重要だと思います。
 
ややもすると、消費者の心理には中古よりは新品を買いたい気持ちがあったりするので、新品信仰のようなものを払拭していくための活動や周知、またそれを実施するためのビジネスモデルやシステムの実証などを支援していきたいです。先ほど申し上げた産官学のパートナーシップで、例えば、ブランドオーナーとeコマース事業者の方々が連携して、共通プラットフォームを作っていけると良いのではないかと思っています。
 
ー 戦略を決め、実際に施策として進めていく中で課題に感じていることなどがあれば教えてください。
 
課題だらけです(笑)。あえて挙げると2つあります。1つ目は動静脈連携という言葉に魂を込めていくことの難しさです。リコマース自体も一種の静脈だと考えると、どれだけのブランドさんにご理解いただけるかが1つのポイントだと思います。いわゆるエレン・マッカーサーのバタフライダイアグラム(あらゆるモノの寿命に至るまでの技術的・生物的サイクルをわかりやすく示した図)では、「リユース」や「リファビッシュ」、「リマニュファクチャリング」、「リペア」などいろいろな循環の「輪」があります。それぞれの「輪」の中で、動静脈連携を進めたいと思う企業と、売り切りでビジネスモデルが完結している企業との連携はそんなに簡単ではないと思っています。 その利害がトレードオフになる可能性すらある。そこは、「モノを売るだけでも当然儲かるし、楽だけれども、あえてライフサイクル全体での循環を追求する価値を一緒に見つけませんか」という対話がないと、何も進まない気がしています。
 
これは非常に難しいところであり、まさに大きな課題です。「そういうことをやっていかないといけない」「みんながやっているからやらないとやばいな」というトレンドになったら、自然に意識の転換は起きるはず。既にご理解いただけている企業を起点として、より多くの関係者を巻き込んで、いかに一緒に盛り上げていけるかが、今後より重要になりますね。
 
2つ目は、消費者の認知です。ヨーロッパに住んでいて思うのは、欧州の消費者は消費行動の中における環境意識が相対的に高いこと。環境に良い財・サービスであれば、少し高くても買う人たちなのです。他方、日本の消費者はコストパフォーマンスに対する選別眼は極めて洗練されていると思いますが、こと環境価値という点においては、日本人がそこまでの消費行動を取れているかというと、これは私自信も含め、まだ多くの人はそこまでには至っていないのではないかと思います。まずは、価格が同じであれば、環境に良いモノが消費者に選好されるような意識を醸成していきたいのです。環境に配慮された商品やサービスが可視化され、より好まれていくように、モチベーションを高めていきたいと思っています。もちろん、政府公報で有名人を起用した周知を行うといった方法もなくはないですが、やはり、ブランドであったり、企業の皆様がマーケティングによって消費者行動に訴えていただくこと、循環していく価値を消費者に訴求していただくことがとても重要だと思います。是非とも、企業のご理解を得て、そうした動きが広がっていけばと思います。
 
消費者がそうした価値を求めるようになれば、企業は環境に配慮したアクションをより拡大していき、そのサイクルが回り出します。そういったところを産官学で一緒に取り組んでいけるといいなと思いますし、業界の基準やルール作りなどの政策的な支援も、ぜひ一緒に考えていきたいですね。
 
ー 今後すでに予定している取り組みがあれば、お話できる範囲で教えてください。
 
パートナーシップの活動の一つとして、地域ごとに「地域で循環の輪を作っていこう!」というアクションを起こし、この芽を育てていく活動もしていきたい。なぜなら、地域ごとにやる最大のメリットは、循環の輪が小さい方が環境に良いということと、もう1つは循環するための人手が必要になるからです。
 
循環を進める活動が地域に人を呼び込み、そこから雇用の創出にもつながります。その活動には生活者の方にも入っていただかないといけません。住民の方の参加が必要になってくるので、そういった活動に対して支援を行うために、地域での活動を具体的に組成するような場を、環境省と連携して作っていきたいのです。さらに企業や自治体の方々にもお声がけしていこうと思います。なかには既に積極的に資源循環に取り組んでいる自治体もあるので、その事例をほかの自治体にもご紹介し、活動の幅を広げようとしています。こうした動きが地方創生にもつながるので、取組の輪をどんどん広げていきたいですね。
 
もう1つは、国際連携の重要性です。資源の循環の輪は、国内だけに閉じてはいません。日本は資源輸入国でもあり、完成品はどんどん国外へ輸出されています。自動車に関しては、新車だけでなく中古車としても国外に輸出されている。つまり、輸出超だったり輸入超だったり、循環のバランスは財によってことなっています。物の動きの実態に沿った資源循環という意味では、国内に加えて、密接な繋がりがあるインド太平洋諸国等との連携や、ASEANとの連携も頑張っていきたい。具体的に言うと、日ASEANの協力の枠組みも立ち上げようと現在取り組んでいるところです。 8月末には、日ASEAN経済大臣会合において、日ASEANの協力枠組みとして、日ASEANサーキュラーエコノミーイニシアチブ創設が合意されました。

責任者の思い:資源の循環を日本の文化へ

ー 最後に、今回サーキュラーエコノミーに取り組む中で、ご自身の思いや理想とする将来像を教えてください。 


「循環経済」というとなんとなくかっこいいのですが、我がごとにはなかなかなりません。皆さんもそうだと思いますし、役所の中でも実はそうだったりします。経産省の中ですら「循環経済って何したらいいの?」「リサイクル制度あるじゃん!」というような声もあります。だからこそ循環経済に関する目標を明確にして、定量的に可視化し、そこに対するアプローチを社会的に共有しながら、目標に向かって各セクションや政府機関及び自治体、企業が一丸となれる環境を創りたい。それができれば、あとはみなさんが勝手に走り出し、私はお役御免、となるのが最高かなと思います。
 
「循環率何%」という話題が新聞に載るようになり、それを見た消費者の方々が「循環しなくちゃいけない」と思うようになる。そのための具体的な手段を企業や自治体といったステークホルダーがきちんと提示できていることが、私にとっての理想です。そうすれば、人々の善意でモチベーションは維持されます。それが定着すれば、子どもから「循環する社会って言うけど、うちはこのゴミの捨て方でいいの?」と質問されるようになるし、親としてきちんと回答できるようになっているはずです。環境教育的な面でも「これをやればいいんだよ」と言いやすくなって、人々のアクションにつながっていく。最終的には日本人の文化になっていくところまでいけると、もっといいですよね。今はまだその千里の道の一歩ぐらいですが、私はそういう世界を目指したいです。
 

おわりに

前回の軍地さんと安居さんの対談記事にもありましたが、サーキュラーエコノミーを推進するには、作り手の製造方法を変えるだけではなく、自治体なども巻き込んで小さな輪をいくつも広げていくことが大事だとわかりました。また、田中課長からも、ブランドによる自社リセールに注目が集まっているというお話があり、リコマース市場の今後の発展が期待されます。

▼主席研究員

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?