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「実は日本のポテンシャルは高い」サーキュラーエコノミーを深掘り続ける2人がそう断言する理由- アパレル業界におけるサーキュラリティと経済合理性の両立は可能か?識者たちの見解を聞いてみた-

こんにちは!リコマース総合研究所(リコマース総研)、主席研究員のakaneです。
今回は編集者/ファッション・クリエイティブ・ディレクターの軍地彩弓さんとサーキュラーエコノミー研究家の安居昭博さんにサーキュラーエコノミーの国内外トレンドや、ファッション業界における取り組みなどについてお話を伺いました。

軍地彩弓さん
大学卒業と同時に講談社の『ViVi』編集部で、フリーライターとして活動。その後、雑誌『GLAMOROUS』にてファッション・ディレクターとして活躍。2008年に現コンデナスト・ジャパンに入社。『GQ JAPAN』編集長代理、『VOGUE GIRL』クリエイティブ・ディレクターを努める。2014年に自身の会社、株式会社gumi-gumiを設立。『Numéro TOKYO』のエディトリアル・アドバイザーを経て、映画や地上波ドラマNetflixドラマ等のファッション監修、企業のコンサルティング、情報番組のコメンテーター等幅広く活動。Tokyo Fashion Technology Lab理事。経産省「ファッション未来研究会」副座長、「ファッション・ローWG」座長など歴任。

安居昭博さん
1988年生まれ。京都在住。Circular Initiatives&Partners代表。「青年版国民栄誉賞(TOYP2021)」にて「内閣総理大臣奨励賞(グランプリ)」受賞。企業や自治体のほか、「京都音楽博覧会」や「森、道、市場」等の音楽イベントでもサーキュラーエコノミーのアドバイザーを務める。2022年、梅酒の梅の実、生八ッ橋、酒かす、おから、レモンの皮など、京都の副産物・規格外品を活用し、福祉作業所と製造連携し「京シュトレン」を開発するお菓子屋「八方良菓」を創業。著書に「サーキュラーエコノミー実践 ーオランダに探るビジネスモデル(学芸出版社)」


EUの政策として進められるヨーロッパと、日本ならではの可能性

ー サーキュラーエコノミーが進んでいるヨーロッパのトレンドや日本の現状について、オランダで生活されていた安居さんにお伺いできますでしょうか。

安居:いきなり難しい質問ですね(笑)。必ずしもヨーロッパが進んでいて、日本が遅れているから駄目かというと、そうではないです。ヨーロッパは確かにいい取り組みや優れているところがありますが、逆にヨーロッパや他の国を知れば知るほど日本にしかない可能性が見えてきます。日本ならでは、特に日本の各地域の可能性なども見えてくるのがこのサーキュラーエコノミーの面白さだと思います。

ヨーロッパの特徴としては、EU欧州委員会が2015年前後から政策としてサーキュラーエコノミーを推し進めていることが大きいです。私が住んでいたオランダやドイツはいずれもEU加盟国です。行政も企業もEUの制度で活動をしているので、EU全体でサーキュラーエコノミーを促進していると言えます。その点は、日本とは全く異なるバックグラウンドがあります。

一方で、EUに加盟している国々と日本の共通点も多いです。例えば、経済が成熟した段階にある点や、合計特殊出生率ベースでの人口減少問題、レアメタルやコットンといった原材料の輸入過多という状況もヨーロッパと日本が似ているところです。このように共通点も相違点もあるので、ヨーロッパと日本がお互いにサーキュラーエコノミー政策においても学び合えると思っています。

ー 日本ならでは、日本だから出来るとは具体的にどういったことでしょうか。

安居:私は京都に非常に大きなサーキュラーエコノミーの可能性を感じ、今から2年5ヶ月前にオランダから京都に移住をしました。例えば、世界で200年以上続いている老舗企業のおよそ7割が日本の企業と言われていて、京都には多くの老舗企業があります。
 
老舗には保守的な印象があるかと思いますが、サーキュラーエコノミーに関心を持つ経営者もたくさんいらっしゃいます。例えば、350年ほど続いている伏見の酒蔵さんが「お酒を作る時に出てしまう酒粕をサーキュラーエコノミー観点でなんとかできないか」と相談をしにきてくださったり、室町時代から続く和菓子屋の代表が従業員を連れて生ごみ堆肥のイベントに参加くださったり。他にも老舗生八ッ橋屋さんや製餡所からは製造時に出る切り落としや小豆の皮の活用、ファッションや建築分野の企業さんからご相談をいただくこともあります。また現在、私は京都市委嘱の「成長戦略推進アドバイザー」として行政と連携したり、「京都音楽博覧会」という音楽イベントでもサーキュラーエコノミーを取り入れた生ごみコンポスト化を進めていたりと、日本の地域に合う形で官民が連携してサーキュラーエコノミーに取り組める素地があると感じています。
 
京都は世界的にも非常に知名度の高い町です。京都で優れたサーキュラーエコノミーの仕組みを整えることができれば、オランダのアムステルダムでも出せない影響力を日本から世界に与えていけるポテンシャルがあると思っています。

商品の自主回収と再販がファッション産業のキーになる

ー ファッション業界における、サーキュラーエコノミーの取り組みについて国内外のトレンドを教えてください。

軍地:高額商品と消費財で商流が異なるのですが、日本でもヨーロッパでもリユース市場がすごく拡大しています。

今後、古着の市場規模は2026年までに8兆円を超え、2030年にはファストファッションの約2倍になると予測しているレポートも出ています。今までのような「買った後に廃棄」の流れではなく、「還元できる仕組みにする」という転換期にあると言えます。EUのパリ協定や、2018年にバーバリーの衣料廃棄についてのニュースが出た時がエポックメイキングだったと思います。2018年7月にバーバリーが42億円の売れ残り品を焼却処分したことがニュースになりました。同年9月に焼却処分をやめますと、2ヶ月で発表したことはものすごく驚きでした。今まで闇の中にあったデッドストック(売れ残りや長期的に放置されている在庫品)の一部が企業のブランドを保つために廃棄されていたことは、消費者にとって非常にショックでした。こうした事象が次々に表面化したことは、業界を大きく変えるきっかけだったと思います。

実際にフランスでは2020年1月から衣服の廃棄禁止令が施行され、制度として服を捨てられない環境ができました。一方でこれは「捨てられなくなったものの流通をどうするのか」という新たな課題も生まれたことにもなります。
 
また、ヨーロッパでは教会などのコミュニティで古着の回収を行なったり、パリも街中に以前は回収ボックスがあったりなど、衣料をコミュニティで循環させる仕組みがあります。 日本でも元々あった質屋文化や、今では古着やブランドの買取市場が広がるなど古着流通プラットフォームが普及していったことが服の循環を促進する1番のキーだと思っています。
 
サーキュラーエコノミーにおいては、古着ができるだけ廃棄されずに、ちゃんと回収業者に戻ることが重要です。つまり、古着の行き先までトレーサビリティ(生産者や生産地、生産方法などの情報を消費者自身が確認できる仕組み)として監視する必要があります。日々のニュースでも、日本から輸出された古着が一方的にアフリカに集まり、山積みになっていることが問題視されていますよね。そうならないように、私たちも「ただ回収すればいい」とならない仕組みをつくらなきゃいけない。 そのような背景もあって、古着を自主回収するブランドがここ数年増えてきています。
 
そういった勢いに後押しされている今は、古着やヴィンテージが価値を持つ転換期なんだとも感じているんです。海外の事例ですが、ヴァレンティノは60年以上も歴史のあるブランドですが、世界中のヴィンテージショップとコラボレーションして、ヴァレンティノ社自身ががヴィンテージのドレスを自らセレクトして、リペアも施して再販するポップアップイベントがありました。ブランドが自身で回収、再販する流れはハイブランドだからこそ成立しやすい。ルイ・ヴィトンも1800年代のハードトランクを自社で世界中で集めている、と聞いています。
 
この流れのポイントは、ブランド本体が製品を回収し、真贋を見極めて再販することで、ブランド価値を保持、高めていることです。コピー品の流通が1番のブランド力の毀損に繋がります。だからこそ、ブランドを守るために必要とされているのが、信用性と長く愛し続けるための「ブランドに対する愛着」みたいなところだと思います。なので、ブランド自体が自主回収する流れは、価値の高い商品を提供するブランドほどやるべきなんです。丁寧なカスタマーサービスの中にリペアサービスなども含まれます。そういうことで、自分が買った商品を子供世代にも受け継いでいける。若い世代にブランドを伝える上でも大切な流れだと思います。

長期的な経済合理性に必要なリペアと付加価値で古着を再販するというアイデア

ー 当然ながら、「環境にいいよ!」「サーキュラリティが高まるよ!」という号令だけでは消費者や企業も動きにくいため、何かしらの経済性が求められます。お2人は、サーキュラリティの高まりと経済性の両立は可能だと思いますか。

安居:可能だと思います。ただ、いわゆる経済成長という言葉だけにまとめるのではなく、もう少し細分化する必要があると思います。
 
これまでのビジネスモデルと社会構造は、短期的な経済成長に偏りすぎていたと思います。ヨーロッパでは新型コロナウイルスやロシアによるウクライナ侵攻が起こったこともあり、短期的な経済成長に寄りがちなビジネスモデルは長期的には非常にリスクが大きいという見方が強まりました。改めて長期と短期のバランスのいいビジネスモデルを模索したり、社会の仕組みを再構築していこうとなったりした際に、1つの手段としてサーキュラーエコノミーが非常に注目されるようになったのです。
 
サーキュラーエコノミーは何か取り組みをやったからといって、必ずしも翌年にものすごく儲かるかというとそうではないです。ただ長期的に見ると、これまでの調達・廃棄コストを下げられたり、原材料を安定的に調達できたり。継続的利益を上げられたり、これまでにないビジネスモデルでブランディングができたりなど、短期利益以外で企業にもたらすメリットのほうが多いかもしれません。
 
サーキュラリティと経済合理性で考えてみると、短期よりも長期との相性が良いと言えます。だからと言って短期を否定するわけではなくて、どちらも必要というバランスの取れた観点が大切です。
 
ー 長期的な視点から、環境への配慮と経済合理性を実現しているビジネスモデルの事例があれば教えていただけますか。
 
安居:京都の「MITTAN」というブランドがあります。僕も普段からよく着ていて、実は今日着ている服も「MITTAN」なのです。この服は着古した後に「MITTAN」へ返却すると、定価の20%の金額で、現金で買い取ってもらえるんです。 

さらに「MITTAN」は草木染め衣類も展開しており、染め直しや修理のサービスが充実しています。草木染めは褪色しやすい特徴があります。ただ染め直しサービスがあると、藍染の色が褪色した後に必ずしも藍染で染め直す必要はなく、胡桃や灰、茜など染め直しを選べることで自分ならではのものを長く使い続けることができます。
 
「MITTAN」はインスタグラムでリペア品だけを紹介するアカウントを持っており(@mittan.asia.repair)、修理に力を入れています。すごく面白いのは、このリペアメンテナンスで得られる収益が年々上がっていること。お気に入りのものを長く使いたい利用者ニーズの現れだと思います。

「MITTAN」では回収された使用済み品をリペア・再販する際にヴィンテージ品として元の定価より高値で設定されることもあるそうです。一点ものの付加価値がついているんですね。

一般的に、修理や染め直し、再販は「手間がかかる」、「利益にならない」と思われがちですが、MITTANのように初めからサーキュラーエコノミーに通ずる視点からビジネスモデルや商品デザインを構成することで、短期・長期の経済合理性とサスティナビリティが両立する可能性を示していると思います。

軍地:リペア市場は今すごく広がってますよね。阪急うめだで「グリーンエイジ」というサステナビリティに特化したフロアができたのですが、まさにそこにもリペアコーナーがあるんです。ロエベが自社製品を預かってリペアをやってました。既にエルメスやカルティエなどは手厚いリペアサービスを提供していますが、リペアがきちんとできる企業は信用性が高く、それがブランド価値になっていきます。その最たるブランドがパタゴニアです。
 
パタゴニアの「WORN WEAR」というサービスは、自社が過去に販売した商品の素材(糸やパーツなど)を残しておいて、専門のリペア担当の方が「この糸はこの時代のもの」などと選別したり、つぎはぎしたりして、修理したものを再販しています。80年代のものはもう二度と作れないので、実際に当時の販売価格より上がっているものもあるんです。

日本には昔から「金継ぎ」という技術が存在します。そうやって昔から古くなったものを継いだり、修繕して使っていた文化があり、それは日本ならではの価値観だと思います。数年前に海外からケリングのサスティナブル担当の方が来日した際に、日本にはもともとサーキュラーエコノミーの文化がある、とおっしゃっていただいたことが印象的でした。日本の着物の修繕や、金継ぎのような文化はサーキュラーエコノミーの文脈では先進的だと。その文化が、70年代以降の高度成長期に大量生産、大量廃棄の流れの中で、洋服自体が工業製品化してしまった。新しいことが持て囃される、そういう時代でした。ただ、現代では資源不足や、環境問題もあって、かつてのような仕組みが成り立たなくなった。だからこそ、日本が持っている古来の金継ぎや修理、染め直しなどの文化が再注目されていると思います。

安居:リペアに関する制度の話をすると、ドイツ、スウェーデン、オーストリアなどでは、何か修理をした時に、リペアボーナスという形で、修理やメンテナンスにかかった費用の一部を国が補助したりしています。あとは修理にかかる税率を下げたりなどもありますね。そういった国の制度を整備することによって、より一層、修理やメンテナンスを続けて、一つのものを永く使ってもらうという仕組みづくりがEUでは進められています。日本でも、国や自治体など行政がサーキュラーエコノミーをどう推進するか、1つ海外から学べるポイントだと思います。

消費者の参加を促すために、小さな仕組みから始める大切さ

ー ブランドの自社リセールやリペアというお話がありましたが、他にファッション産業がサーキュラーエコノミーを実現する上で必要なことはどんなことがありますか。

軍地:先ほどクーポンやチケットの話がありましたが、どうやって貢献した消費者に広い意味で利益を還元していくかだと思います。サステナブルな行動をした人が得をする社会にしないといけないと思います。いくら古着回収などを頑張ってもメリットが伝わらず「捨てても一緒だ」となれば、どんどん捨てられてしまいます。エコクーポンなどの共通したクーポンを作ることで、サステナブルな消費者に還元することが必要だと感じています。

企業もリペアや商品回収に貢献すると利益還元されることも有効だと思います。これは、カスタマーサービスの在り方を変えていくことにも繋がっていきます。商品回収を頑張れるロイヤリティの高いカスタマーがいて、その人たちを「サステナブルカスタマー」というように区分していく。そして、その割合によって企業にサステナブルポイントなどを付与するなど、ブランドにリターンがくるような仕組みを作ることも大事だと考えているのです。また、消費者がブランドからサスティナブルクーポンのような形でリターンがもらえる仕組みを作っていくことも、消費者と企業の関係性を密接にしてくと思います。
 
日本が仕組みを作るには、消費者と企業と自治体が一体になった取り組みが必要です。会社が何を善とし、どういう企業の在り方を追い求めるか。安く海外で生産し、輸送費をかけてTシャツを500円で売るという社会を作ることが経済合理性なのか。みんなで心地よい経済圏を守ることが経済合理性なのか。

アメリカではパブリックベネフィットコーポレーションという言葉があります。これは社会貢献を目的にした法人格を指します。言い換えれば、利益を目指さないNPOではなく、また、利益第一主義の株式会社でもなく、関わる人にとっての公共の利益を求めていく。商圏を無理に広げず300年ほど経つ老舗企業などには既にある考えではあります。

ー 安居さんは、日本のファッション産業がサーキュラーエコノミーを実現する上で何が必要だと思いますか。

安居:ヨーロッパと比べて日本のアパレル産業でまだそこまで注目されてないのは、「MITTAN」のようなビジネスモデルとしての自主回収の仕組みづくりと、修理・再販を前提としたデザインや素材選びだと思います。

ヨーロッパでは最初のビジネスモデルと製品の設計デザインによって、どういった廃棄物がどれほどの量出てしまうかの80%が決まってしまうと言われています。例えば自主回収の仕組みがなければ、再販・再資源化は川下企業に委ねられます。

川上の素材選びによっては、日本でいくつかの工場でしか再資源化できず、高コストがゆえに処分されてしまうものも少なくありません。一方で、たとえ自主回収・再資源化ができなかったとしても、ビジネスモデル構築や製品デザイン、素材選びの段階から川下企業と連携することで全体でサーキュラーな仕組みを築く例もあります。

このように、これまでのビジネスモデルやデザインを抜本的に見直し、これまでにない分野横断的な連携を進めた先に、新しい可能性が見えてくると思います。

軍地:先ほどお話しに出た「MITTAN」のように、自分達で生産から販売、回収、修理など包括的にユーザーと強いコミットメントを共有する企業に勝ち筋があると思います。新しい仕組みを作った人のほうに今は利がある時代。大きな仕組みを変えるのはすごく難しいので、もしかすると京都で作った小さな企業が、これからグローバルに出ていく時には勝ち筋があるかもしれないですね。

おわりに

アパレル産業におけるサーキュラーエコノミーの実現には、短期的な経済合理性だけではなく、長期的な視点を持ってビジネスモデルを構築する必要があります。目先の利益に捉われて安価に大量生産・大量販売を繰り返すのではなく、商品を自社で回収し、リペアし、リセールするなど、今市場に出回っているものを上手く活用し付加価値をつけるという商流は今後さらに広がっていくのではないでしょうか。お2人のお話からは、リペアやリセールなどまさにリコマースの市場も拡大していく示唆が伺えました。

▼主席研究員

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