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お気に入りの小説コレクション 複数話あるものは、そのうちひとつを収録させて頂いております
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#ネムキリスペクト

眠るための廃墟#ネムキリスペクト

眠るための廃墟#ネムキリスペクト

 晩夏、万雷の蝉しぐれ。
 これで終幕とばかりにがなりたてる蝉に耳を裏返され、雑木林の道なき道を奥へと向かっていた。けたたましい蟲とは裏腹に、暑さに澱んだ草木はよそよそしくこの先にあるものを故意に隠しているようだ。風のない道を伸び放題の草を踏んで歩く。汗が染みたTシャツが身体に張りつく不快をどうにもできずにいる。
 しばらく行くと、唐突に鉄塔が姿を現した。それは何かのシンボルのように見えた。例えば

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小さな叙事詩

小さな叙事詩

 東欧の冬は夜の冷え込みが厳しいだけに、朝の訪れは大きな喜びだ。

 濃紺色に塗り潰されていた夜空のほんの一部、遠く彼方の地平線の上部に鮮橙色の光が現れたかと思うと、それは徐々にではあるが確実に空を明るい青色に塗り替えていった。朝日の光が石造りの家が立ち並ぶ町にもたらされると、家々の間から白い霧が立ち込め始めた。女性が寒さから身を守るために纏うショールのようなそれは、差し込んだ日光により温められた

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猫をなくした男と、女

猫をなくした男と、女

今日あいつに似たやつを見かけた。
あっちもおれに興味があったみたいだ。

そう、男が女に話すのは、もう、何度目か。

男は猫をなくしている。
女には、なついてくれた、はじめての猫だった。

 一

女は友人に誘われて、男の実家にある男の部屋を訪れた。
三方に窓が開き、日なたと、趣味のこまごまとにあふれていた。
にゃあと男の飼い猫がやってきて、客人たちの足元を、くるり、くるりと一周ずつした。
終える

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知冬のからだ

知冬のからだ

短編小説

◇◇◇

 1

 そして知冬は、ぼくが見ている前でチャコールグレーの手袋を脱いだのだった。ぼくはこのとき、どんな表情をしていたのだろう。自分のことながら、今もって思い出すことができない。ぼくは、手袋の下から現れた彼女の手を見ていた。現れるはずだった手を見ていた。現れるべきところに現れているはずの手を。見えていないのに見ようとしていた。

 2

 知冬が手袋を脱ぐその三十分前、ぼくら

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短編小説「沼津干物のアジーB」

短編小説「沼津干物のアジーB」

短編小説「沼津干物のアジーB」オープニングテーマ
opening theme : karappo_no_seikatsu / note-sann

ノートさんの「空っぽの生活」です。
本小説はこの曲を聴きながらお楽しみ下さい。

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短編小説「沼津干物のアジーB」
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短編グルメ私小説 「正義の消費者」

短編グルメ私小説 「正義の消費者」

地元の国道沿い、道の駅。
本館とは別に仮設のバラックみたいな建物があって、その中には飲食店がいくつか並んでいる。それぞれ好きな店の食券を券売機で買って、好きな席で自由に食事する。つまり小規模ながらもフードコートのような形式で、休日ともなれば家族連れなどで大いに賑わった。

そこに出店するうどん屋が、おれたち二人のお気に入りだった。

初めてそこを訪れた日の事。
うどん屋の調理場に立つ店主を見つめ、

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