レイモンド・チャンドラーの『ロング・グッドバイ』を読んで、ある日、新宿のバーで父が注文した一杯のギムレットを思い出した。
今は亡き父から、僕は、それこそ人生まるごとと言っていいくらいの影響を受けてきました。
ロックが好きなのも、
お酒が好きなのも、
中日ドラゴンズが好きなのも、
好きな女性との初デートは
映画館に決まってんだろと思っていたのも、
読書が好きで、文章を書くのが好きなのも、
すべてが父の影響です。
そんな父から、まるで家訓のように幼少の頃から叩き込まれた言葉があります。
タフでなければ生きて行けない。
優しくなれなければ生きている資格がない。
そうです、有名なフィリップ・マーロウの名台詞です。
父の枕元には、常にレイモンド・チャンドラーの小説があったのを懐かしく思い出します。
19歳で初めてアフリカを一人旅したときに、そうだ、アフリカでチャンドラーを読むのもなかなか乙じゃないかと思い立ち、いまだ未読だったチャンドラーの文庫をバックパックに詰め込んで旅立ちました。
今みたいに、なんでも簡単にググれる時代じゃなかったんです。
父がいつも枕元に置いていた『長いお別れ』という作品をマダガスカルの地で読み終えた僕は、例の台詞が出てこないことに戸惑いました。
そうなんです、あの台詞は、『プレイバック』という作品に登場するもので、なのに僕は作品の知名度から勝手に『長いお別れ』の中の台詞だと勘違いしてたんですね。
ただ、マダガスカルの地で読んだ『長いお別れ』は、すごく印象に残っていて、僕の読書体験の中でもベスト3に入るんじゃないかなって思ってます。
小説の中で好きなジャンルを敢えて挙げるとすればハードボイルドかなあ、と思っているのは、間違いなくこのときの読書体験が影響しています。
そんな思い出が詰まった、ぼろぼろの文庫があるはずなのですが、自宅の本棚に見当たらないと妻が言うので、新訳版を代わりにアップいたします。
賛否両論あるけど、僕は新訳版の方が好きです。
それにしても、宮部みゆきはほとんど見当たらないし、世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランドも行方不明だし、ブックカバーチャレンジのどこかで取り上げようとした渋谷陽一の『ロックはどうして時代から逃れられないのか』もないみたいだし、いったい僕の蔵書はどこに消えていくのか。
かつての父の庭であった新宿に、成人したばかりの僕にも行きつけの店らしきものができた頃の話。
その店に両親と3人で訪れたあの日、いつもはクールな父がちょっと上機嫌で「おっ、この店はギムレットがあるじゃないか」と一杯目からギムレットを注文しました。
父は母に向かって「ギムレットが頼める店なんてなかなかないぞ」と話してましたが、その頃の僕は、ギムレットがメニューにある店なんて珍しくもなんともないことを知っていました。
だけど、誇らしげにしゃべり続ける父に対してそれを伝えることはなんとなくできず、黙っていました。
父があの日、どうして上機嫌だったのか、何を誇らしく思って饒舌になっていたのか、自分が父親になった今なら分かります。
僕も、息子に行きつけの店ができて、そこに連れて行ってもらったら、あんな風に饒舌になってしまうのかなあ、やだなあ、なんて思ってしまいます。
ギムレットには早すぎる。
『長いお別れ』と言えば、そんな台詞が有名ですが、今回この本を選んでみて、ふと、そんな思い出がよみがえりました。
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