小野少吾

詩を書いています。

小野少吾

詩を書いています。

最近の記事

【詩】 牛の背に

知らない道を運ばれていく 知らない牛の背に担がれて どこかよそよそしいような 牛の体温が伝わってくる ゆったり揺れる大きな背中 たがいちがいに上下する肩甲骨 リアルなつくりものみたいな角 高い木の先がゆっくり空を滑る 涼しくて心地よい空気が降りてくる この牛には牛飼いがいない 人けのない森の道を 黒々した巨体が 人間を一体、背に乗せて行く 道の先は目に見えない この牛は足音がしない この牛と口がきけたらと思いかけて 牛の背に揺られるこの道のりが ひとつの終着点かもしれないと

    • 【詩】 靄

      ぱさりと草の音がして しかし体が地に着く感覚が無かった 草の先が軽くたわむだけで 体が少し浮いているようだった あたりは深い谷のように見え 池のほとりのようにも見え ひらけた景色のあちらに 家が何軒か眠っている 夜明け前のかすかな明るさに 薄い靄がゆっくりと漂っている 靄は木々を隠し 家々を隠し そっと静かに水面にふれる やがて空から陽が差して 靄が白さを増していく ゆっくりと薄れて いつの間にか消えていく 草の上にあった体が だんだんと光に透けていく もうたわんです

      • 【詩】 落ちていく

        見渡すかぎりの空の 青のグラデーションのなか 上も下もわからないまま 落ちている感覚だけがある 体が風を切る音 袖や裾がはためく音 空気が耳を掠める音が どこか他人事のように聞こえる 何もかも離れすぎて もう見えなくなったのか もともと何もなかったのか 覚えていることも何もなくて 静かな心が空を見ている 穏やかな空を落ちていく 何もない空を 静かな気持ちで落ちていく

        • 【詩】 水面の街

          湖の上に建つ街は 色ガラスを透かしたように みんな、うす青く染まっていて てらてら光る金属の ビルがまばらに建っていて 鏡のような水の上 ひとは輪になって踊る どこか知らない国の ゆっくりした踊りを 踊るひとらの足もとから いくつも波が広がって 重なって、格子模様を描く 空から降る光は 水面の波に切り分けられて 散り散りになって揺れている きらきらきらきら揺れている 踊るひとらから離れて 石に腰掛けるひとの 水に浅く浸したくるぶしまで 光のかけらは届こうとして 届かない いま

        【詩】 牛の背に

          【詩】 器

          この痛みには名前がないから 吐き出すことができないんだ なみなみ注いだ器のように こぼさないように気をつけて 大切に抱えながら 長い道を歩いていくんだ この痛みには名前がないから 分かち合うことができないんだ 器の中の水面に映る 自分の目を見つめながら ひとりきりで歩いていくんだ 見渡す限りの開けた土地を いつか足がすり減って 息が細くなって 体じゅうに力が入らなくなっても それでも歩いていくんだ 静かな水面を大事に抱えて とても尊いもののように抱えて やがて水はきれい

          【詩】 器

          【詩】 脈

          月夜のように青いグラスで ゆっくり揺らして 夜の海を見ていました 暗く 重たく やわらかく揺れる 夜の海に 声を立てるものは何もなく 遠くで魚が跳ねたとき 二の腕の脈が少し 軽く添えた手の下で 少し強く波打つだけでした 水面に現れた魚の体が それがあんまりにも遠く 小さく 白く光るから 感度の高いメーターの 針がかすかに振れるように 血液が波を打つのです 薄雲りの空のグラデーション あちらやこちらを吹く風の音 足もとの岩のざらつき 私を取りまくすべてのものが 私に流れ込んでき

          【詩】 脈

          【詩】 歩きつづけるから

          そのまま揺さぶっててくれ 波うつ布の上をわたしは わたしは歩きつづけるから あなたはあなたの指で やわらかく折り合わせた指で 端をつまんで縦に横に そうやって揺さぶっててくれ 地平線のように見える あちらの果てを 見つめながらわたしは わたしは歩きつづけるから なにも言わなくていいから ただこの足が地べたに しゃがみ込まないように この船が水面に しずかに落ち着かないように そうやって揺さぶっててくれ あなたのその透きとおる わたしには見えないあなたの あなたのその透きとおる

          【詩】 歩きつづけるから

          【詩】 春のやまい

          重機がこもった音で やわらかく地面を叩く 春の空気はあたたかく湿って 肢体にかかる重力を増す 水を吸った絵の具のように 五感がぼやけていく 頭の芯から指の先まで もったりと鈍っていく 心地よい春のやまいに・・・・・・ いつまでも眠っていられたらと思う 深すぎる温水プールのような まだ夢の中にいるような やわらかな重たさに身をゆだねて

          【詩】 春のやまい

          【詩】 空白

          ふっと静かになる 道路のまっすぐな先が いつもよりよく見える 信号待ちのあっち側にも僕がいる 頬に空気があたっている 遠くから油のにおいがする 自動車が風を切る 下のほうで水の流れる音がする 何かが空を飛んでる ゆっくり流れるように しずかに低く飛んでる ここからは見えないけれど また僕の中に ぽっかりと空白がある ふっとすり抜けて みんなどこかへ行ってしまう

          【詩】 空白

          【詩】 交差点にて

          横切っていくトラックの面に 青やオレンジの光が纏わりつく ハイが削られて地を這う轟音に 歩道の小さな木の葉さえ震えないのに 心は夜の冷たい空気に浸って佇む 水の中で揺れる布のように ここは初めてくる場所なのか 毎日通っている場所なのか わからなくなった時の目印に ———光をください、青やオレンジの    形は無くとも    触れれば温度がわかるような いつだって何気なく歩いていくことを 身につけるのにどれだけかかっただろう ヘッドライトがそこでしゃがんでる間に 横断歩道の

          【詩】 交差点にて

          【詩】 羽根が落ちる間に

          この白い羽根が 地面まで落ちる間に きっといろんなことを思い出して 思い出せるかぎり いろんなことを思い出してから ひとつひとつ丁寧に忘れていったら だんだん頭が空っぽになって 心が空っぽになって 体が軽くなって 風に吹かれたら羽根みたいに 舞い上がって 地面まで落ちる間に きっといろんなことを思い出して 思い出せるかぎり いろんなことを思い出して でも残像はだんだん薄くなっていって 何度もくり返すうちに あんまり思い出せなくなって そしたら私はどこにいるんだろう 遠い風にさ

          【詩】 羽根が落ちる間に

          【詩】 おもちゃ箱

          おもちゃ箱みたいに 頭の中がごちゃごちゃしてるんだ 何年もかけて集めたおもちゃで 頭の中がごちゃごちゃしてるんだ 街の中を歩いていたって 頭の中はおもちゃで散らかってて 少し見上げた視線の先の 空中に見えないおもちゃが浮かんで 散らかって あれやこれや 遊びながら歩いているから 段差に躓いたり枝に顔ぶつけたり 心がこぼれて空に広がったり うっかり目を閉じて歩いていたら 真横をバイクが走り抜けたから 出しっぱなしのおもちゃが 引っかかって持ってかれてないか そればっかりが心配で

          【詩】 おもちゃ箱

          【詩】 踊る人形

          板の上で踊っている紙の人形 両腕を上げて斜めに見上げて パーツのない顔で遠くを見る   そこは雨があたるから   こちらへいらっしゃい   そこは雨があたるから…… 昨日のことさえ忘れているのに どこかで覚えた振り付けだけ 体に染み付いているようで   そろそろ雨が降りそうな   ほの暗い空の色です   あなたは少しも構ってないけど ステレオ感たっぷりの しっとりしたノイズに包まれて 薄い 脆い 今にもへたりそうな 紙の脚でリズムに乗り 指のない手でメロディを愛でる

          【詩】 踊る人形

          【詩】 ここにいないみたいに

          まるで私はここにいないみたいに  賑やかな市の通りを歩いていたい   他人事のように歩いていたい  目を閉じて歩く十歩先に   知らない街が広がっている    わちゃわちゃした街並みに   人は各々の生業に身を投じ    私はそれを他人事みたいに眺めて     何にも触れずに歩いていく 鉄板で油のはじける音  人混みをかきわけるスクーター   かぼそく投げ出される歌声  いくら視線が重なっても   誰とも目が合うことのない    ひとりきりの、形のない心持ちで   

          【詩】 ここにいないみたいに

          【詩】 声

          届かなかった声が かすかな空気の波になって ずっとどこかをさまよっている 行き先のないその声は 公園の池の面を揺らして 薄く静かな波を起こしたり 手すりにもたれる人の 首すじの脈をさすったり 遠くに散らばるおぼろげな 街の明かりを揺らしたり どこにも辿り着かずに 声は空中をさまよいつづけ 通り過ぎる車のエンジンと 風を切る音に撥ねられて 空の遠くへ飛んでいく 届かなかった声は 空じゅうを漂い 町じゅうを漂う …………    大きな耳のうさぎが    風船の紐につかま

          【詩】 声

          【詩】 こだまが鳴っているあいだ

          ネオンカラーの漢字やアルファベットに 浴槽みたいにとっぷり浸かって 見るともなしに空を見ながら 縁から縁へ歩いていた 階段を登る手前の案内板の 文字の丸みに気を取られていたら まだ岸まで辿り着かないのに 向こうでチャイムが鳴りだした 歩きながら手の隙間から 何かのかけらがこぼれ落ちていった ずっと気づかずにいたけど さっきまでここに何があったのか どうしても思い出せなかった チャイムはもう残響だけになっていた

          【詩】 こだまが鳴っているあいだ