小野少吾

詩を書いています。

小野少吾

詩を書いています。

最近の記事

【詩】 ジェットコースター

ずっと夕暮れのままの道を歩いている なつかしい、あの川の土手のような あのカメラ屋さんの坂道のような ずっと夕暮れのままの道を歩いている 色褪せたレールが空に浮かんで もったりと夕陽に浸かっている がたがた音をたてながら ジェットコースターが走り抜けていく 百円玉二枚ポケットに握りしめて がたがた走る音だけ聞こえながら 僕にはどうしても 乗り場を見つけることができなくて 泣きたいくらいきれいな夕暮れの空に レールがしずかに浮かんでいる 僕はいつまでも乗り場を探して ずっ

    • 【詩】 ビー玉

      たとえば夜の星空が ゆっくりグラデーションしながら 赤い夕焼け空に変わっていくような ばらばらのガラスの破片を 床に落としたらがしゃんと音がして ガラス細工の白鳥が現れるような さかさまなことばっかりだ ビー玉いっぱい握りしめて ぱあっとはなしたらくるくると 螺旋を描いて転がっていく どこか深い下のほうではさ きらきらビー玉降ってきて ひれが生えたケンタウルスとか 青い龍とか光る鯨がびゅんびゅん泳いで 交差点で信号待ってるみたいに イソギンチャクみたいにじいっとしてさ 通学路

      • 【詩】 靄の中

        こんなにしずかな良い晩に 街灯がぽつんと立つ路地で 聞こえてくるのは川の音と ときどき遠くで車の走る音 こんなにしずかな良い晩に 頭の中には靄が詰まって あの白いやらかい街灯の光が 入ってくる隙間がない 濃い靄の底に 仰向けに横たわって じっとしている ぬらぬらした生き物の 頭の中にも靄がかかって 何をイメージしても 靄に隠れて不鮮明だ 仰向けのままの生き物は ———なにせ濃い靄なもので 向こうにあるのが天井なのか 空なのか水面なのか わからないまま横たわって 詰まってる

        • 【詩】 ドラムマーチ

          暮れかかる空をつっきって 赤紫色の雲の道を行進する 何千何万のピエロのぬいぐるみの 大音量のドラムマーチが どかどかどかどか鳴り響く おそろしい夕暮れです 心臓の中が波打つ爆音で 大太鼓が空気を揺らし 骨の芯までがんがん響く 音の洪水に呑まれて どかどかどかどかどかどかどかどか いまにも頭が割れそうです    川面には茶色い鳥がゆっくりと浮かび    向こうの橋の上を四角い車が滑る    公園ではやわらかそうなボールが跳ね    ひもを持った人と半目の犬が横切る    

        【詩】 ジェットコースター

          【詩】 オキシドール

          白い綿のような 雨の降る夜の道です 駐車場の隅の電灯が照らし出す 霧のようなカーテンのような ふわふわの雨が 傘を持つ腕に 斜めに降ってあたります 小粒でひんやりした雨が いかにもふわふわと 綿みたいにあたります オキシドールを吸わせた脱脂綿を そっと肌に押しあてるように ふんわりとあたります ———いいえ私は怪我人ではありません    傘をさして雨の中を歩けるくらい    水溜りを踏んでも狼狽えたりしないくらい    落ち着いているし、弱ってなどいません    ただ今日は

          【詩】 オキシドール

          【詩】 水を蹴る

          いつから潜っているのか もう覚えていない 床の線を伝って 指をそろえ 尾びれを振りおろして 水を蹴る 水を蹴る 幼い頃に教わった 同じ動きを繰り返す 何年も何十年も 何百年も何千年も 同じ動きを繰り返す ただ繰り返す 水の上にあった 色や音のこと ぜんぶ忘れてる ここにはただ 水があって 線が引いてあって ———どこまでもどこまでも    続いていく水路に    ほんの数十秒の永遠を    泳いでいく水の中に    やわらかく つめたく    肌を押し返す水の重さに

          【詩】 水を蹴る

          【詩】 ある夕暮れの風景

          ヘラで返したクリームみたいな 雲があわくあかく染まる 遠くまで引きのばされて はしっこの山の影と溶けあう 五階の踊り場から見はらす町は 夕方の薄闇に浸かりはじめて あの鮮やかなオレンジの壁も やさしいモノトーンの夢をみる 浅い川面とコンクリの土手は やらかい金属のような しっとりとした手触りで ゆっくり消灯するように 声もなく暮れていく町よ この静かなくるおしさは何だろう

          【詩】 ある夕暮れの風景

          【詩】 朽ちかけた小屋

          朽ちかけた 剥きだしの柱に もたれかかって 壁や天井に形どられた 四角く薄暗い空気を 眺めていました 息を吐くたびに 口から私が流れ出て 床に広がって 古びた木目の板に じわじわと 沁みていくようです あそこの隙間の暗がりに 流れ出した私の一部が 滞って澱んでいるようです それは姿のない 暗闇の中の生き物のように じっと静かに 無感情に こちらを見ているようです 私の体は溶けかかって 崩れかかって 柱にもたれたまま 動けないというのに 目だけはしっかり動いて 私と私の目が合い

          【詩】 朽ちかけた小屋

          【詩】 牛の背に

          知らない道を運ばれていく 知らない牛の背に担がれて どこかよそよそしいような 牛の体温が伝わってくる ゆったり揺れる大きな背中 たがいちがいに上下する肩甲骨 リアルなつくりものみたいな角 高い木の先がゆっくり空を滑る 涼しくて心地よい空気が降りてくる この牛には牛飼いがいない 人けのない森の道を 黒々した巨体が 人間を一体、背に乗せて行く 道の先は目に見えない この牛は足音がしない この牛と口がきけたらと思いかけて 牛の背に揺られるこの道のりが ひとつの終着点かもしれないと

          【詩】 牛の背に

          【詩】 靄

          ぱさりと草の音がして しかし体が地に着く感覚が無かった 草の先が軽くたわむだけで 体が少し浮いているようだった あたりは深い谷のように見え 池のほとりのようにも見え ひらけた景色のあちらに 家が何軒か眠っている 夜明け前のかすかな明るさに 薄い靄がゆっくりと漂っている 靄は木々を隠し 家々を隠し そっと静かに水面にふれる やがて空から陽が差して 靄が白さを増していく ゆっくりと薄れて いつの間にか消えていく 草の上にあった体が だんだんと光に透けていく もうたわんです

          【詩】 靄

          【詩】 落ちていく

          見渡すかぎりの空の 青のグラデーションのなか 上も下もわからないまま 落ちている感覚だけがある 体が風を切る音 袖や裾がはためく音 空気が耳を掠める音が どこか他人事のように聞こえる 何もかも離れすぎて もう見えなくなったのか もともと何もなかったのか 覚えていることも何もなくて 静かな心が空を見ている 穏やかな空を落ちていく 何もない空を 静かな気持ちで落ちていく

          【詩】 落ちていく

          【詩】 水面の街

          湖の上に建つ街は 色ガラスを透かしたように みんな、うす青く染まっていて てらてら光る金属の ビルがまばらに建っていて 鏡のような水の上 ひとは輪になって踊る どこか知らない国の ゆっくりした踊りを 踊るひとらの足もとから いくつも波が広がって 重なって、格子模様を描く 空から降る光は 水面の波に切り分けられて 散り散りになって揺れている きらきらきらきら揺れている 踊るひとらから離れて 石に腰掛けるひとの 水に浅く浸したくるぶしまで 光のかけらは届こうとして 届かない いま

          【詩】 水面の街

          【詩】 器

          この痛みには名前がないから 吐き出すことができないんだ なみなみ注いだ器のように こぼさないように気をつけて 大切に抱えながら 長い道を歩いていくんだ この痛みには名前がないから 分かち合うことができないんだ 器の中の水面に映る 自分の目を見つめながら ひとりきりで歩いていくんだ 見渡す限りの開けた土地を いつか足がすり減って 息が細くなって 体じゅうに力が入らなくなっても それでも歩いていくんだ 静かな水面を大事に抱えて とても尊いもののように抱えて やがて水はきれい

          【詩】 器

          【詩】 脈

          月夜のように青いグラスで ゆっくり揺らして 夜の海を見ていました 暗く 重たく やわらかく揺れる 夜の海に 声を立てるものは何もなく 遠くで魚が跳ねたとき 二の腕の脈が少し 軽く添えた手の下で 少し強く波打つだけでした 水面に現れた魚の体が それがあんまりにも遠く 小さく 白く光るから 感度の高いメーターの 針がかすかに振れるように 血液が波を打つのです 薄雲りの空のグラデーション あちらやこちらを吹く風の音 足もとの岩のざらつき 私を取りまくすべてのものが 私に流れ込んでき

          【詩】 脈

          【詩】 歩きつづけるから

          そのまま揺さぶっててくれ 波うつ布の上をわたしは わたしは歩きつづけるから あなたはあなたの指で やわらかく折り合わせた指で 端をつまんで縦に横に そうやって揺さぶっててくれ 地平線のように見える あちらの果てを 見つめながらわたしは わたしは歩きつづけるから なにも言わなくていいから ただこの足が地べたに しゃがみ込まないように この船が水面に しずかに落ち着かないように そうやって揺さぶっててくれ あなたのその透きとおる わたしには見えないあなたの あなたのその透きとおる

          【詩】 歩きつづけるから

          【詩】 春のやまい

          重機がこもった音で やわらかく地面を叩く 春の空気はあたたかく湿って 肢体にかかる重力を増す 水を吸った絵の具のように 五感がぼやけていく 頭の芯から指の先まで もったりと鈍っていく 心地よい春のやまいに・・・・・・ いつまでも眠っていられたらと思う 深すぎる温水プールのような まだ夢の中にいるような やわらかな重たさに身をゆだねて

          【詩】 春のやまい