見出し画像

【詩】 脈

月夜のように青いグラスで
ゆっくり揺らして
夜の海を見ていました
暗く 重たく
やわらかく揺れる
夜の海に
声を立てるものは何もなく
遠くで魚が跳ねたとき
二の腕の脈が少し
軽く添えた手の下で
少し強く波打つだけでした
水面に現れた魚の体が
それがあんまりにも遠く
小さく 白く光るから
感度の高いメーターの
針がかすかに振れるように
血液が波を打つのです
薄雲りの空のグラデーション
あちらやこちらを吹く風の音
足もとの岩のざらつき
私を取りまくすべてのものが
私に流れ込んできて
私のかたちを溶かしていきます
心とこの空の
心とこの風の音の
心とこの岩のざらつきの
境目がなくなっていくのです

———海を飲み干す時には
   月にナイフを入れて
   グラスのふちに飾ってください
   すぐには口をつけず
   しばらくそこに置いておいてください

遠くで魚が跳ねたとき
薄い背びれが白くきらめいて
夜空を切り裂くのが
間近に見えた気がしたのです
細かいしぶきが顔にかかって
目にしみた気がしたのです
足の裏の岩の感触が
もう信じられなくなってしまって
どこまでが私の心で
どこまでがこの暗い海なのか
私はどこにいるのか
月夜のように青いグラスを
ゆっくり揺らしている
私はどこにいるのか




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?