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小説「ポルシェに乗った地下芸人」

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36歳で急に思い立ってお笑い芸人を志した私の自伝的なやつです。 曖昧な記憶と都合が良い記憶改竄がなされている可能性がありますので、あくまでフィクションとしてお楽しみください。
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#ジョニー小野

ポルシェに乗った地下芸人.23

ポルシェに乗った地下芸人.23

 マウンテン山内君にメールを返信した翌日の午後、返事が来ていた。

 明日の19時に新宿の喫茶店で会うことになった。抹茶フラペチーノにはまっていた私は新宿3丁目駅に近いスタバにしたかったのだが、繁華街の激安コーヒーチェーン店を提案した。

 理由は優しさである。ちなみに、私はスタバの抹茶フラペチーノを注文する際に「ホイップ増量、パウダー多め、シロップなし、豆乳」というカスタムをする。スタバのカスタ

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ポルシェに乗った地下芸人.22

ポルシェに乗った地下芸人.22

 26才君にメールを送った翌日。返信が気になってスマホのメールを確認するがレスが無い。まあ、先方の求める年齢条件を超えてしまっているし、スルーされていても仕方ないかと思った。

 そもそも26才で芸人を名乗るくせに何ら未来を見いだせていないような若者である。10才も年上である私からのオファーにビビっているのだ。だいたい最近の若い者は同年代とネチョネチョとつるむだけで、上の世代との関わりを持とうとし

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ポルシェに乗った地下芸人.20

ポルシェに乗った地下芸人.20

 秋らしさが出てきた10月初旬。首相公邸の森を眺めながら僕は、ブリーフを履いた地下芸人の弟子としてどのように活動していこうか考えていた。

 彼らはお笑い芸人として生きていこうとしている。芸人として収入を得て、それで生活していくことが人生の目標なのだ。しかし僕は生活がすでにできているし、会社経営というリスキーな生き方をとても気に入っている。

 贅沢をしなければ暮らしていける収入があり、それなりに

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ポルシェに乗った地下芸人.12

ポルシェに乗った地下芸人.12

YU-TAは得意げに僕の問いかけに答えている。お笑いを始めたきっかけや、過去に芸能事務所に所属していたが、今は無所属の、いわゆるフリー芸人であることなど。

金属製の扉ギギッと空いて、カルボナールの2人が暗い顔つきで出てきた。

アキちゃんは扉を出るやいなやYU-TAの元へ雑種の室内犬のように駆け寄り、またも気持ちの悪い甘えた声で言った

「YU-TAさぁ〜ん、スベっちゃいましたよぉ〜」

この世

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ポルシェに乗った地下芸人.7

ポルシェに乗った地下芸人.7

アキちゃんとの挨拶をした僕は、とりあえず衣装に着替える事にした。

蒸し暑い初秋に雑居ビルの裏手で室外機のぬるい風に吹かれて屋外で着替えをする。

うん、実にアングラでかっこいいじゃないか。

着替え終わった僕は、念のため裏口から舞台袖に行ってみた。

やたらと重い金属製の古びたドアを強くひっぱる。

舞台の真裏にあるとは思えないギギッという嫌な音を出して開く。中に入ると真っ暗な、黒いカーテンに仕

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ポルシェに乗った地下芸人.2

ポルシェに乗った地下芸人.2

初めてのライブ出演。

3,000円払って出演時間は3分。

一時間換算にすれば6万円である。どんな高級ソープランドだよ。

しかも、全然笑いが取れていないから、終わってからも本当につまんない。初舞台の感触もない。ただただ茫然としただけ。

この感じ、前に味わったことがある。

そうだ。学生時代に終電で王子のパチンコ屋に向かい、翌日の新台入れ替えに並んだ時だ。

一緒に行った友達から借りたスラムダ

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ポルシェに乗った地下芸人.1

ポルシェに乗った地下芸人.1

今から5年前の8月。36歳で僕はお笑いの舞台に立った。

娘が産まれる約一月前。

中野にある雑居ビルの地下一階。濃厚なカビが香る、20人も入れば超満員札止めが出るような小さな劇場である。

その時のじっとりとした緊張は今でも思い出す。

飛鳥製薬という実在する会社をテーマにしたフリップネタ。

フリップネタというのは、画用紙などに書いたり印刷したネタをめくりながらしゃべる形式のネタである。

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