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ポルシェに乗った地下芸人.23

 マウンテン山内君にメールを返信した翌日の午後、返事が来ていた。

 明日の19時に新宿の喫茶店で会うことになった。抹茶フラペチーノにはまっていた私は新宿3丁目駅に近いスタバにしたかったのだが、繁華街の激安コーヒーチェーン店を提案した。

 理由は優しさである。ちなみに、私はスタバの抹茶フラペチーノを注文する際に「ホイップ増量、パウダー多め、シロップなし、豆乳」というカスタムをする。スタバのカスタムシステムを駆使し、自分好みのドリンクを作り上げるあたりがいかにも社長芸人ではないだろうか。

 安易にデフォルトメニューを注文しないこだわり、庶民は貧乏くさい思想なので「シロップなし」というあえて食材を減らすような発想はできないものだ。その点、抹茶パウダー増量によって甘みが増すためシロップを抜かないと甘すぎて抹茶のビターな良さが味わいきれない点まで看破している私がいかに物事の本質を理解できているかということが分かる。

 しかし、スタバで好みのドリンクとちょっとした甘味を注文すると1,000円弱になってしまう。きっとマウンテン山内君はフリーターだろうから、一時間分の労働賃金を見ず知らずの私と会うために支出するのはつらいだろう。だから安価なコーヒーショップを指定したのだ。細やかな心遣いである。

 こういった気遣い心遣いを、私は漫画「美味しんぼ」からすべて学んでいる。これまで煙草を吸ってこなかったのも海原雄山先生の教えによるものだ。おかげで鋭敏な味覚をキープしている。

 約束の19時になる5分前、待ち合わせの喫茶店前に到着した。車は伊勢丹の駐車場にとめたので少し歩いたが、間に合った。そういえば、相手の風貌が分からないのに、どうやって合流したらよいのだろう。メールアドレスしか分からない。まあ、会ってもいないのにお互いに携帯番号を交換するのも怖いからそれはそれで仕方ない。

 19時になったがそれらしき人物が来ないため一応メールを送った。

 「店の前にいます。私は紺色のスーツを着て茶色いナイロンのビジネスバッグを持っています」

 すぐに返信が来た。

 「すみません。電車に乗り遅れました。19:15分に西武新宿に着きます」

 さすがである。まあ、遅れるのはかまわない。私もわりと渋滞の見通しが甘くて時間に遅れるタイプだ。しかしである。こいつは電車だ。乗った時点で到着時間は確定する。ならば、遅れることはもっと前に判明していたのではないか。遅刻確定の時点で連絡したらよいのではないか。

 早速私はスマホで、都立家政駅から西武新宿駅への所要時間を検索した。14分である。たった14分で新宿に到着するのだ。

 つまり、こいつは待ち合わせ時刻である19:00の時点で電車に乗っていなかったのだ。乗り遅れたと言っているが、乗り換えアプリで一本前の電車を検索したがそれに乗っていても到着は19:06である。乗り遅れていなくても遅刻確定だったのである。

 「お前はパチスロサラリーマン金太郎のヒョウ柄演出かっ!!」という極めて優れた指摘が心に浮かんだ。私は意外とツッコミの才能があるのかもしれない。

 確実に遅刻するとなっても相手にすぐに連絡しないあたり、やはり私の目に狂いはなかった。ちゃんとしたクズがやってくる。

 「先に店に入ってますので、急がなくて大丈夫です。気を付けていらっしゃってください」

 という大人の返信を送り、店内に入った。ガムシロ無しのロイヤルミルクティとミルクレープという史上最高の組み合わせを注文して席を探す。

 店の外が見える位置のテーブル席に座った。隣の席では確実にマルチの勧誘であろう3人組が熱心に話し込んでいる。

 「お金と時間から自由になって生きていかないと、人生損だよ」

 ついついニヤニヤしてしまう。安定のマルチワードである。しばらくこいつらの会話を楽しみたいから、マウンテン山内君は本当にゆっくり来てくれていいわ。

 ミルクレープを口に含んで味わう。甘ったるいクリームをロイヤルミルクティで洗い流す。隣は間抜けなマルチ軍団。たまらない。思わぬ至福な時間が過ごせている。

 遅刻してくれたマウンテン山内君に感謝である。

皆さまの支えがあってのわたくしでございます。ぜひとも積極果敢なサポートをよろしくお願いします。