ポルシェに乗った地下芸人.12

YU-TAは得意げに僕の問いかけに答えている。お笑いを始めたきっかけや、過去に芸能事務所に所属していたが、今は無所属の、いわゆるフリー芸人であることなど。

金属製の扉ギギッと空いて、カルボナールの2人が暗い顔つきで出てきた。

アキちゃんは扉を出るやいなやYU-TAの元へ雑種の室内犬のように駆け寄り、またも気持ちの悪い甘えた声で言った

「YU-TAさぁ〜ん、スベっちゃいましたよぉ〜」

この世の終わりのような口調で言うわりに、顔は半笑いともとれる緩んだ表情である。

「そうか、しょうがねえなあ。ちゃんと練習しなかったからだろ」

と、素朴な顔のくせにやや先輩風を吹かせながら答えるYU-TA。

もう一方のアイアン鉄雄は薄笑いでそれを無言で眺めている。

とにかく、この時点で20代前半の若者が薄笑いで雑居ビルの裏で見つめあっている。

一瞬、これは現世の出来事なのかと疑ってします。

こいつらはずっと何を言っているのだろう。そしてどこに向かっているのだろう。

とかなんとか思っていたら、司会の海原氏が扉から顔を出して「ほな、大喜利するで」と裏手の芸人達に声をかけた。

しまった。大喜利があった。ついついこの奇妙な若者達に興味を持ちすぎてしまい、大喜利の答えを考えるのを忘れていた。

咄嗟に裏手に貼られていたお題に目を向ける。

「お花見で満開の桜の下に誰もいない。なぜ？」

「このプロレスラー全然勝つ気がないな、なぜ？」

そうだった、そうだった。しかしもう舞台に上がらなければならない。どうしよう。

頭をフル回転させて答えを絞り出す。

まずはお花見のお題だ。

うーん、どう答えるべきなのだ？日本テレビの笑点は前に見ていた。最近はめっきり見なくなったが。面白く感じないのだから仕方ない。特にピンクの着物のやつ。本当に面白くない。

しかし、笑点ならどう答えるだろう。円楽が社会風刺っぽいことを言ってるのが大喜利っぽい。経営者としてやってきた僕の知識も活用できる。

そうだ、社会風刺だ。

何があるだろう。急がねば。

ちなみに、この時点で僕は舞台上にいる。なんとなく芸人達の流れに乗って舞台に出てみたが、居場所がわからないので、とりあえず舞台向かって左の奥に陣取ってみた。司会の海原氏は右手側にいるので遠い。これで時間が稼げる。

お題を海原氏が読み上げているが、耳に入らない。どう答えるか。

満開の桜の下か、そういえば坂口安吾とかがそんな本を書いてたか、いやどうだったか。うーむ困った。中曽根康弘がいたから。いや違う。意味がわからない。そうだ、マークパンサーがいたから、はどうだろう。しかしマルチに誘われると困るからという意味を汲み取ってくれるだろうか。

そこで思いついた。宗教だ。テレビでは宗教の話題はタブーだと聞いている。ならば、お笑いライブならではの放送禁止な答えを皆が求めているのではないか。

この市場のニーズの汲み取り方が経営者である。

答えはでた。僕が回答を閃くと同時に海原氏は言った。

「さあ、それでは答えができた人っ！！」

すぐさま手を挙げる僕。こういうのは他人と答えが被ると良くないから、先手必勝である。

海原氏は僕をみて言った。

「はい、じゃあ、そこのえー」

僕の名前が出ないのだろう。言い淀みやがる。

「小野です！！」とりあえず元気に答える僕。

「それでは小野くん、いきましょう！！」

さも一瞬忘れてただけでほんとは知ってたよ感を出しながら海原氏がバラエティ番組っぽい語尾で言う。

「お花見で満開の桜の下に誰もいない。なぜ？」

テンションを上げて僕は答える。

「用意されてた花見団子の3色が青、黄色、赤だった！！」

大声で回答し、得意げに見回す。

しかし、無音である。きっと一瞬の無音だったのかもしれないがずいぶん長く感じた。

苦い顔の海原氏が無理にテンションを上げるような口調で言った。

「それは嫌ですね。何味か分かりませんね。さあ、他、答えができた人っ」

サラッと流して次の回答者を募りやがる。

どうしてだ。そこはちゃんと突っ込まないとダメだろう。できれば「きっと信濃町の公園だったのかな」くらい言って欲しい。

こちらのボケに対して、突っ込んで笑いを増幅させるツッコミ役が大喜利の司会者ではないのか。憤懣やる方ない僕は、むくれて俯く。

次の回答者が指名される。バーニングサマーのバーニング田中だ。

司会の海原氏がお題を読み上げ、バーニング田中は答える。

「木の下に死体が埋まっているから！！」

おい、それはおかしいだろ！！死体が埋まっていることが事前にわかっているのだとしたら事件になっている。そのままにしておくはずがない。

こいつは何を馬鹿なことを言ってるのだろう。さすが、コンビニの練習をするだけある。

しかし海原氏は笑みを浮かべて「そうやなあ、死体埋まってたら嫌やもんなあ」

はあ？である。この2人はなんなんだ。面白くなさすぎるし、それ以前に話の筋が通っていない。

え？これはクイズなの？大喜利ってクイズなの？違うよね？違うよね？

疑問が湧いては消える。

僕はとんでもないところに来てしまったのかもしれない。