ポルシェに乗った地下芸人.22
26才君にメールを送った翌日。返信が気になってスマホのメールを確認するがレスが無い。まあ、先方の求める年齢条件を超えてしまっているし、スルーされていても仕方ないかと思った。
そもそも26才で芸人を名乗るくせに何ら未来を見いだせていないような若者である。10才も年上である私からのオファーにビビっているのだ。だいたい最近の若い者は同年代とネチョネチョとつるむだけで、上の世代との関わりを持とうとしないではないか。
ろくにモノを知らないくせに、プライドはいっちょまえなのだ。だから、知識面や経験面でかなわない年長者に対して逃げの姿勢しか取れない。そして、「自分たちの世代」という根拠がない稚拙な価値観と世界観を共有する腐食したゴミのような集団を作って、ますます知性を引き下げていく。
時代が違う、世代が違う、価値観が違う。違いを言い訳にして刹那的で安直な居心地に逃げ込む。安心安全が担保された日本なのだから、それでも大多数は無難に寿命は全うできるのだろう。
だが、そんな人生が面白いのか?俺はつまらない。俺の心はピクリともしない。決められたシナリオを棒立ち棒読みで演じ続ける人生に何の意味があるんだろうか。
私は生まれて初めて、ビジュアル系バンドの書く浅はかな歌詞のような気持になった。俺たちはどこへ向かうのか。その先に何があるのか。忘れかけてた大切な何か。昨日伝えられなかった君への想い。失って分かった本当の気持ち。
と、ひとしきりお得意の一方的な目線による高飛車思考を終えて、経営者の仕事をしゅくしゅくと進めていく。新しく立ち上げたゴキブリ養殖事業のブランディング戦略を練りこまなくてはならない。私は忙しい身なのだ。
浅知恵の26才君からのメールを待つほど暇じゃない。
仕事を終えて、もう一仕事するか、今日は早めに家に帰るか考えながらスマホを何気なく開くと、見慣れないフリーメールアドレスから連絡が来ていた。
「owaraiinotigake_uretai@~」
この間抜け極まりないメールアドレス。26才君だ。もうメールアドレスからも彼の人柄がにじみ出ているではないか。
はやる気持ちを抑えてメールを開く。
「小野様
メールをみました。歳がはなれているのが気になります。
でも、気が合えばお試しで組んでもいいと思います。
会って話すのはどうですか。
場所は新宿か都立家政がいいです。
マウンテン山内」
うむ。期待を裏切らない返信内容である。上から目線があふれている感じ、嫌いではない。当然、30代後半で相方をネットで探すような相手に対しては、これくらい上の立場からカマしていくべきだ。そして、躊躇なく「都立家政」という地名を使ってくる感じも素晴らしい。
一般的には「西武新宿線沿線だと助かります」とか書くべき部分だ。都内在住でもそれほどご存じの地名じゃない。一生を東京都民として過ごしても、一度も降車しない人のほうが多い駅だろう。そこをサクッと提案してくるマウンテン山内君。そうか、26才君はマウンテン山内なのか。この「山を2個重ねる」というネーミング、山脈を感じる。人間山脈。一人民族大移動。伝説の大巨人アンドレ・ザ・ジャイアントを彷彿させる。
逸る気持ちを抑えて変身する。
「山内さん
返信ありがとうございます。私も新宿だと都合がよいです。よるなら今週いつでも都合が付きます。よろしくお願いします。
小野」
私はジョニー小野とは書かない。なぜなら恥ずかしいからだ。初対面、というか直接会ってさえいない相手に適当につけた芸名を名乗るほどのメンタルは持ち合わせていない。
さて、懸念だった返信も来たことだし、もう一仕事するか。私は高級ゴキブリのブランドロゴを作るため、再びPCに向かった。
皆さまの支えがあってのわたくしでございます。ぜひとも積極果敢なサポートをよろしくお願いします。