マガジンのカバー画像

バカボンの兄 旅行記

5
一話完結。読みやすい長さを心がけています。記憶を頼りに、ぽつりぽつり書き足していきます。
運営しているクリエイター

#バックパッカー

旅/ベトナムで偽タクシーの運ちゃんの首を後ろから絞め上げた話

1997年の話。

「詩/フーンズオンホテル」はミトーで書いた。今回はカントーでの話。

カントーへ行く途中、バスを降ろされ、はしけ?フェリー?のようなもので、川を渡った。カントーでは、その はしけにいた客引きに案内された安宿に泊まった。

この安宿のオーナーがかなり怪しいヤツだったのだが、数日の予定だったし、体調も悪かったので、宿を変えなかったのが失敗だった。

ホーチミンに戻る日の前日に、

もっとみる

旅/ムンバイで感電したら命拾いした話ww

1998年頃の話。

サイババ見物を早々に切り上げ、ボンベイ(ムンバイ)のサルベーションアーミー(安宿)に戻った。

食堂だったかドミトリーだったか忘れたが、ビルマ(ミャンマー)で坊さんやってた、という人と知り合った。(以降、坊さん、と記す。)

坊さんは言った。
「食いっぱぐれたら、ビルマ行くといいよ。2万円で坊さんになれる。袈裟(けさ)代が2万円かかる。」…ホントかいな?
そしてこうも言った。

もっとみる

旅/レーで高山病になった話

1994年の話。

レーまでは、ダラムサラ、マナーリー経由でバスで北上した。レーは標高が3500mぐらいあるので、陸路でゆっくりと標高を上げた方が、デリーからいきなり飛行機で入るよりも高山病になりにくい、とのことだった。

なのにですよ!? マナーリーからバスで少し上がっただけで、ボクは高山病の様相を呈し始めたのだ。レーまでは、山中でのテント泊を含む、一泊二日もある旅程だというのに。

休憩のため

もっとみる

旅/フィンランドへオーロラを観にいった話

2005年の1月だったか2月だったか。
オーロラを観にいくことに決めた時、ボクはカイロのスルタンという安宿のドミトリーに泊まっていた。

同部屋の人がパソコンを持っていて、アジアまわりのボクとは逆に、彼は米欧をまわってカイロにたどり着いた。そんでボクに、イエローナイフでしこたま撮ったオーロラの写真を見せてくれたのだ。

この時期を逃したら、二度と観にいく機会はなう!! 今しかなう!! でも、イエロ

もっとみる