旅/フィンランドへオーロラを観にいった話

2005年の1月だったか2月だったか。
オーロラを観にいくことに決めた時、ボクはカイロのスルタンという安宿のドミトリーに泊まっていた。

同部屋の人がパソコンを持っていて、アジアまわりのボクとは逆に、彼は米欧をまわってカイロにたどり着いた。そんでボクに、イエローナイフでしこたま撮ったオーロラの写真を見せてくれたのだ。

この時期を逃したら、二度と観にいく機会はなう!! 今しかなう!! でも、イエローナイフは遠すぎる…。

航空会社に相談に行ったら、幸いにも日本人のスタッフがいて、カイロから一番安く行ける北極圏を探してくれた。

♪決ーめーた!!
フィンランドのロバニエミにしよう!!
(森高ちゃんの歌です。)

フリーマーケットでセーターと靴下を何着か買って、数日後、ベルギー経由でヘルシンキへ飛んだ。

ヘルシンキの空港には夜着いた。空港で夜を明かすつもりだったのに、電車だったかバスだったかが動いてたもんだから、街まで出てしまって、へたこいた。(©小島よしお)

宿がとれないのだ。
駅前にマクドナルドがあったから、そこで夜を明かそうとしていたら、用心棒みたいな人に、出てけと言われ、

凍死するーと思いながら、駅舎のベンチでウトウトしていたら、ライフルを担いだガードマン?警察?に、寝るな、と足を蹴られて起こされ、
(本当に、凍死予防のために起こしていたらしい。)

ようやく朝を迎え、死力を尽くして宿を探し、オリンピックの選手村だった建物にベッドを確保できた。

数日休んでから、夜行特急でロバニエミへと入った。

そして、苦行が始まった。

じぇんじぇん晴れないのだ。でもいつ晴れるかわからないから、一晩中起きてる。セーターと靴下を重ねて着ているとは言え、冬の北極圏をスニーカーで歩くつらさよ…
ずっと外にいると本当に死ぬから、たまに宿に戻って、また外に出て空を仰いで…

気晴らしもあった。
新世紀エヴァンゲリオンが、フィンランド語字幕付きで、日本語のまま放送されていたのだ!! ジャパニメーションおそるべし。
あと、コンビニみたいな店があって、そこのヨーグルトのおいしいこと!!おいしいこと!!
でも、そんくらいかな。
せっかくだから、と思って奮発してトナカイ肉も食べてみたけど、イマイチだった。

一週間が過ぎて、あきらめモードだ。明日の特急で帰ることにして、切符も買って、その日の夜、その時は来た…

なんだか知らないが、空の低い位置に、緑色のながーい雲みたいのが出てる。でも、あれはオーロラなんかじゃないな、と思いながらも見ていた。ら、その緑色のモヤモヤが、少しずつ広がり始め、光も増して、あ、オーロラだ、でもこんなもんか、と思っていた。ら、天頂あたりまでひろがった光が、あちこちでドドーと渦を巻きながら七色に光り始め、ズドドドドーと地上めがけて落ちて来たのだ!! 大オーロラだった…(TOT)

なんも言えねぇ(©北島康介)

お祝いに、世界最北端のマクドナルドで、ハンバーガーを四つ食べた。
「ざ・ちーぺすとばーがー・ぷりーず」と言って注文したが、じぇんじぇん伝わらなくて、一番安いハンバーガーの写真を指したらば、ようやく伝わった。

後日、オーロラの写真は、撮れていませんでした。(TдT)

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