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一生の友達じゃなくても、一生の思い出。

 「え、まじで!?」
 もう一生会うことはないと思っていた、懐かしい顔と再会した。

 好きな音楽を仕事にする、という漠然とした憧れが抜け切っていなくて、社会人になって数年経った夏、レコード会社の中途採用の筆記試験を受けに行った時のことだった。会場の入り口で試験官が僕の名前を点呼した瞬間、前に並んでいた見覚えのある猫背な後ろ姿がこちらを振り返った。

 ヒロだった。
 僕の中高時代の親友だ。

 小中、同じ学校に通っていたヒロとはクラスが一緒になったことはなかったけど、受験勉強の最中の中学3年生の時に突然仲良くなった。何かの弾みで、2人の好きなバンドが同じだということがわかった日から。
 歳を重ねると、音楽の趣味は人によって分かれていく。中学生くらいになると、Mステには出てこない、みんなが知っているわけではないアーティストを聞いて優越感に浸る層がいる。その層に属していたのが僕であり、ヒロだった。

 ヒロとつるむようになってから、僕はライブに行くようになった。はじめて一緒に行ったライブハウスは横浜BLITZ。2人が崇拝していたRADWIMPSを観に行った。

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 暗がりで、薄っすらスモークが焚かれているライブハウスに足を踏み入れた時の光景は、今でも鮮明だ。2階席の指定席をとった僕らは違う番号の席に座ってしまい、大学生くらいのカップルに「そこ、席違うよ」と指摘されて顔を真っ赤にした。少しイケてる音楽を聴いていると思っていた自分も、この場では全然イケていないと恥ずかしくなった。

 ただ、ライブが始まってしまうと、そこには頭を空っぽにして没頭できる空間があった。RADWIMPSが目の前にいて、CDやMDが擦り切れるぐらい毎日聴いていた音楽を生で感じている。大好きで毎日聴いていた「俺色スカイ」がはじまって、ステージ上のスクリーンで青空の映像が始まった時は鳥肌が立った。非日常の、強烈な体験を共有した僕らの距離は、更にグッと縮まった。

 中学校を卒業して別々の高校に進学してからも、ヒロとは頻繁にライブハウスへ行った。横浜BLITZやZepp Tokyoに行く機会が多かった僕らは、ライブが終わって京浜東北線やりんかい線に乗って最寄駅に戻ると、必ず駅前のバーミヤンに行った。その日のライブの感想や、お互いの高校の話、好きな女の子の話を日付が変わるくらい遅い時間まで夢中で話した。

 バーミヤンからの帰り道、少し高台にある線路沿いの道を歩いていると、家の周りよりは空が広く見える。僕は、ライブ終わりにその光景を見るのがとても好きだった。
 2人で歩きながら、「なんかこの辺、俺色スカイって感じで好きなんだよね」ってヒロに言うと、「俺あの歌あんまり好きじゃない」って笑われた。どんな時でも自分の意見を持っていて、仲の良い友達相手でも話や意見を合わせないヒロに、クルクル流されやすい性格の僕はちょっと憧れていた。だから仲の良い高校の友達に紹介することもあったし、ヒロと仲が良いことは密かに僕の自慢だった。

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 だけど、大学生になってからは、徐々に疎遠になっていった。ヒロの我の強さに、少しずつ僕は付いていけなくなったからだ。男女が大人数で集まる軽薄なコミュニティに属することが増える大学では、相手の意見になんとなく合わせてやり過ごすことも増える。最初はそんなのクソだと思っていた僕も次第に慣れてくると、自分の意見に執着心を持ち続けているヒロのことが鼻についてきた。「そんなこと言うなよ」と思うことも増えた。
 そして大学1年生の夏、一緒にライブを観に行ったけどいつものバーミヤンでご飯を食べずに帰った日を最後に、音信不通になった。僕から連絡することはなかったし、ヒロからも連絡は来なかった。

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 久しぶりの再会を果たしたレコード会社の試験の後、2人で新宿にご飯を食べに行った。「なに話していいかわかんねえや」って笑いながら、お互いの好きな音楽や漫画の話を少しして、2時間も間が持たずに店を後にした。心のどこかでバーミヤンで話していたときみたいに夢中になって時間を忘れて話せるかも、と少し期待していたけど、お互い変わっていたり変わっていなかったりしていて、うまく話せなかった。思い出話もあやふやになっていたのが寂しかった。
 再会してから数年経ったけど、それ以来僕たちは会っていないし、連絡したのも1回だけ。「元気?」「元気じゃないよー」のワンラリーで終わった。

 僕は小学生の頃、近所の児童館で開かれた七夕の願い事コンテスト(子どもが短冊に書いた願い事で児童館の先生が気に入ったものを選んで表彰する、謎のイベント)で優勝したことがある。

 「今いる友達と一生友達でいたい」

 という言葉を書いた。
 俺色スカイにも、

 「ずっと友達でいようね」 なんて 照れくさい言葉でさえ 言えちゃうの すると もっと空は笑うの

という歌詞がある。

 僕自身、小さい頃から俺色スカイで歌われているような感情を、友達に抱いてきた。友達とは、できるだけ連絡を取り合いたいし、同じ時間を過ごし、色んなものを共有していきたいと思っている。

 そういう意味でも、今の僕とヒロの関係性は、”過去”の友達になってしまった。これから先、会うこともない気がする。一生、ずっと、友達で居続けるのって、難しい。みんながいろんな時間を蓄積して、変わったり、変わらなかったりするから。
 それでも、一緒に行ったRADWIMPSのライブやバーミヤンで過ごす時間は僕にとって当時も今もかけがえのないものであり、一生の思い出だ。

 一生の友達ではなかったとしても、大切な時間を一緒に過ごしたヒロのことは一生忘れないでいよう。「俺色スカイ」が好きじゃないと言っていたヒロとは、それでいいなと思った。

俺色スカイ/RADWIMPS

<太・プロフィール> Twitterアカウント:@YFTheater
▽東京生まれ東京育ち。
▽小学校から高校まで公立育ち、サッカーをしながら平凡に過ごす。
▽文学好きの両親の影響で小説を読み漁り、大学時代はライブハウスや映画館で多くの時間を過ごす。
▽新卒で地方勤務、ベンチャー企業への転職失敗を経て、今は広告制作会社勤務。
▽週末に横浜F・マリノスの試合を観に行くことが生きがい。

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