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怠け者を卒業するために、愛情の矢印の向きを変えることにした

「いや、もう少し時間をいただければもっと良くできたんですけど。。」
作った提案に顔をしかめるお客さんに、言い訳がましく付け加えたことは今の仕事をはじめてから一度や二度ではない。こっちはあなたのせいで休日を潰したし徹夜もしたんだよ、と喉元まで出掛かりながら。
でも少しずつ経験を重ねるごとに「時間があったら本当にそうなの?」という気持ちは徐々に増してきて、最近では言い訳しようとも思わなくなってきた。

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僕は広告業界の制作会社で、企業の新商品や取り組みを、ある時は企業自体をPRする仕事をしている。
メディアに取り上げてもらえるように資料を作って企画を持ち込むこともあれば、CM動画やウェブサイトを作ったり、SNSでキャンペーンをしたり。イベントを企画して運営することもある。

業種やジャンルはバラバラで、お堅いものも、派手なものもある。
相手の希望に応じてなんでもやる。言われたことをやってくれというケースは少なくて、大抵は企画を立てるところから全てをやる。
ない頭を捻って100ページを超える企画書を作って、これやりましょう!ってプレゼンすることもよくある。そして結果として、一円も儲からないこともよくある。

それらには全て正解がない。だから迷ってしまう。ずっとずっと試行錯誤で、いつも「これでいいのかなあ?」と思ってる気がする。
ただ今の会社に入って3年以上経過したこともあって、上司は僕の仕事の面倒をほぼ見ない。だから浅い知識と少しずつ積み上げた経験に頼りながら、なんとか自分もお客さんも納得したゴールに辿り着けるように、目の前の仕事に向き合っている。下に付いている後輩や協力してくれる会社さんには、とても助けてもらっている。頭が上がらない。

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そんなわけで、基本けっこう忙しいのだ。
考えようと思えば、いつまでも考えられるし。もっと質を上げようと思えば、時間が許す限りそれをすることもできる。
逆に放り出してしまおうと思えば、放り出せる。適当なものを出してしまうこともできる。ただそうすると、おそらく仕事が来なくなってしまう。
メリハリのバランスが難しいなあ、と常々思っている。

今月も、来年度に向けたコンペの企画書制作で徹夜が続き、なんとか乗り切って迎えた週末。サッカーを観に行くために地下鉄に乗った僕は、一冊の本を読み切った。
ひとり出版社・夏葉社を営む島田潤一郎さんが、父になってからの日々の暮らしを書き綴ったエッセイ「父と子の絆」だ。とても良い本だった。

書かれている一つ一つのエピソードからは、島田さんがお子さんや奥さん、ご友人に対して、いかに深い愛情を持って接しているかを感じることができる。温かくなったり切なくなったり、読んでいる間はずっと優しい気持ちでいられる本だ。
もし親になることがあったらこんな経験をするのかなとか、夫婦2人で過ごしている今の時間はすごく貴重なんだなあとか、僕の両親もこんなことを考えてくれていたのかもとか、色んなことを考えた。

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夢中で一通り読み終えたあと、「五時間労働」という章が印象に残ってもう一度読み直した。
島田さん、結婚する前は終電までしていた仕事を、今は5時間で終えているらしい。そして労働時間が以前の半分になっても、売上や成果は変わっておらず、効率が良いという。
めちゃくちゃ忙しく長い間働いているのを勝手に想像していただけに(実際仕事自体はすごく忙しいと思う)少し驚いたけど、とてもしっくりくる内容だった。

僕は基本的に超絶怠け者で、やる気スイッチが入るまでにとても時間がかかる。「時間がない!」という状態まで追い詰められないと、気合いが入らないのだ。
納期に余裕がある時は「なんだよ時間あるじゃん」とヘラヘラしてスタートダッシュが遅れてしまうし、やることが膨大にあるときも「いやー、どうすっかなあ」と一通り悩んでタイムリミットが迫ってきてから慌てて取り組む。これは高校受験の時に、夏休みをクレヨンしんちゃんの読み直しに費やして、秋から慌てて勉強し始めた時からずっと変わっていない悪癖だ。

そしてそんな風に長い時間をかけてやった仕事は、うまくいくこともあるけれど、いかないこともある。
逆に短期集中型の仕事は、意外とうまくいく。うまくいかなくても、時間のない中でベストを出した達成感があって悪い気はしない。

だから、かけた時間は、成果や満足感に比例しない。
よくよく考えると、長い時間をかけた仕事も、いわゆる”本気を出した”時間、高い集中力を発揮した時間は、短時間だということに気付いていた。
冒頭で「時間があったら、、」と言い訳しなくなってきたと書いたが、その理由はこれだ。

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それにしても、なぜ自分はお尻に火が付くまでやらないんだろうなあ、と思っていたけれど、島田さんの本を読んでから、その答えがわかった気がする。

島田さんが生きる矢印の方向は、家族に向いている。
お子さん、奥さん、そして大切な家族を思う自分のために1日の時間をどう使うかを考えた結果、仕事が5時間になっている。どうしても忙しいときは朝早起きして、1番早かった時で3時に起きて、と書いてあった。
一人暮らしのときは終電まで仕事していた、とも書いてあった。大切な人が増えるたびに矢印が内側から外側に変わっていったのだろう。

僕の矢印はどうだろう。
高校受験の時からずっと、自分に向いてしまっているのだと思う。ぎりぎりまでなんとなくだらけてしまって、不規則な時間に焦り始める。今までは「やる気が出るのを待ってる」とか言っていたけれど、それは間違いだ。
自分勝手なだけではないのか。自己愛だ。ダサい。
これを機に、改めないといけない。とても反省した。
夜中に突如上がる作業スピードを、最初から出さなければいけないのだ。

自分はどう生きたいのかを、改めて考えた。

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奥さんと美味しいご飯を食べて、環や友だちとくだらない話をして、家族と好きなサッカーチームの試合を観に行って、美しい映画を見て、好きな作家の小説を読んで、お気に入りのお笑い芸人が出ているテレビ番組やYouTubeを見て、、
そして、もしも将来子どもができたとしたら、できる限りたくさんの時間を一緒に過ごしたい。

僕が思いつくのは長く働くことではなくて、出会うことができた大切な人やものと過ごす時間を、できるだけ多くすることだった。
仕事で成果を出したくない訳ではないけれど、長時間かけて企画書を作ったコンペはサクッと負けるし、徹夜で対応するとミスが出てトラブルになることもある。じゃあ限られた時間でなんとかするようにしようではないか。

これからは矢印を自分ではなく、自分が大切なものに向けて、一瞬一瞬を生きよう。そうすれば、仕事自体も楽しくなるんじゃないか。
僕の業界は長く仕事をする人が多くて、それを好む人が多いけれど、そんなこと無視してしまおう。時代なんてものは刻々と変わっているのだ。

「金をもらってるんだからベストを尽くせ」とか、「定時で帰るのができるやつだ」とか書いてある意識高過ぎな自己啓発本(結構読んでた)より、島田さんのエッセイは二億倍説得力があった。
必要なのは、才能じゃなくて愛情なんだ、って僕の好きなバンドが歌っていることがとてもしっくりときた。

しかしダラダラを極めてきた僕にそれができるだろうか。
思えば20年くらいダラダラしてきた。
心の中に住む怠け者が「サボってゆっくりやろうぜ〜」と誘ってくる。
こいつは手強い敵だ。

いや、でもやる、やろう。
この春から、ずっとこびりついてくるような習慣にしよう。
結局最後は愛なのだ。


<太・プロフィール> Twitterアカウント:@YFTheater
▽東京生まれ東京育ち。
▽小学校から高校まで公立育ち、サッカーをしながら平凡に過ごす。
▽文学好きの両親の影響で小説を読み漁り、大学時代はライブハウスや映画館で多くの時間を過ごす。
▽新卒で地方勤務、ベンチャー企業への転職失敗を経て、今は広告制作会社勤務。
▽週末に横浜F・マリノスの試合を観に行くことが生きがい。

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