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夜明けのレインボーブリッジで、僕たちは大人になった

僕の地元は、東京湾の近くにある下町。
かつて宿場町として栄えた場所で、同級生には職人の息子や娘も多かった。
年に一回行われる地元名物のお祭りには、各町内会から大きな神輿が出る。
町の大人たちはその神輿を楽しみにしていて、神輿を担ぐのが好きな人たちの肩や首には、大きな力こぶができていた。
そんな町で育った僕には、中学2年生くらいから高校を卒業するまで、元旦に恒例行事があった。
地元中学に通う同級生数人と、初日の出を見に行くことである。

大晦日当日。
実家では、夕方頃からコタツに入ってお菓子をつまんだり、年越し蕎麦を食べたりするのが定番だ。
居間で流れているテレビ番組は、紅白。
その後、ゆく年くる年を観ながら新年を迎えた。

ゆく年くる年が終わった後も、面白そうなバラエティ番組がやっていたけれど、それを見るのをグッと堪えて僕は布団に入った。
年明けの高揚感もあって、眠れているのかいないのか曖昧な3,4時間を過ごしてから、携帯のアラームでなんとか身体を起こす。
そして寒さに凍えながら、布団を出た。

家を出るのは、朝4時過ぎ。
辺りはまだ真っ暗で、静けさに包まれている。
大人すら外を出歩いていない時間に外出している自分が、一気に大人に近付いた気がして、鼻息が荒くなった。

自転車をしばらく走らせると、東京湾に出る屋形船の停留所付近に着く。
同時に、自転車に乗った同級生たちがパラパラと集まってくる。
みんな眠い眠い言っているけれど、明け方に向かう非日常な町の空気に、興奮している様子だった。

集合した僕らが自転車で目指す場所は、レインボーブリッジの上だった。
直視できないくらいに眩しく、日の出が見える最高のスポット。
寒い寒いと言いながら、僕らは自転車を1,2時間漕いだ。
川沿いを走るのは、めちゃくちゃ寒かった。

この行事に参加する同級生は、毎回7,8人。
少しメンバーが入れ替わるようなこともあって、みんなが日常的に遊んでいる仲の良いメンバーという訳ではなかった。
それぞれ仲の良さに濃淡があって、中にはあまり話したことがない苦手な同級生もいた。

しかし年が明けたばかりの、夜と朝の間の数時間は、不思議と普段の関係性が消えてなくなった。
将来の夢とか、家庭の話とか、付き合ってる人の話とか、身の上話とか。
親しくないと話さないようなこと(親しくても話さないようなことも)を、僕らはポツリポツリと話した。
自転車をみんなで走らせながら、橋の上で日の出を待ちながら、帰りに牛丼屋のテーブルに横並びになって朝ご飯を食べながら。
僕たちは、自分に素直になって良いことも悪いことも話をしたし、同級生の話を邪魔をせずに聴いた。

年に一回、自分に素直になれるこの夜明けの時間が、僕は好きだった。
中高時代は多感な時期ということもあってか、学校や日常の色々がうまくいかないと感じることが多く、常にモヤモヤしていた。
サッカーは思ってたよりうまくならなかったし、あんまりモテなかったし、中学の時はできるほうだった勉強も高校に入ったら中の下って感じだったし。
そういう冴えない自分が、受け入れられなかったのだと思う。
必要以上に、自分を大きく見せようとして、自らのバランスを崩してもいた。
そういう自分のことは、嫌いだった。

でも、初日の出を見ながら、素直に飾らず同級生と話せる自分のことは、好きだった。
この日を迎えると、前の年にあったダメなことは、まあいいかと許せる気持ちになった。今年は良い年になるかも、頑張れるかも、そんな風にさえ思える瞬間があった。

冴えない一年を過ごしてしまっても、年が明けてしまえばリスタートできる。
嫌なことがあってもうまくいかなくても、夜さえ明けてしまえば、日にちが変わってしまえば。
いや、自分の気持ちに正直になって整理さえできれば、いくらでもやり直せる。
悔しくても、恥ずかしくても、落ち込んでも。
その気持ちさえも認めてしまえば、やり直せる。

僕は歳を重ねながら、そんな風に思えるようになったけれど、そのはじまりは元旦のレインボーブリッジだったように思う。
10代の子どもで深く物事を考えている同級生なんて1人もいなかった。
だけど、明け方の橋の上で一年のモヤモヤを吐き出すことで、僕らは少しずつ大人に向かっていたのかもしれない。

今年の年末年始。
下町の実家で過ごしながら、年明けを一緒に過ごした同級生のことを、レインボーブリッジで見た日の出のことを、何回か思い出した。
思ってみれば毎年、年末年始を迎えるたびに、同級生たちと過ごした日が昇るまでの数時間がフラッシュバックしている。
ほとんどの同級生とは連絡も取ってないけれど、これから先も、毎年のようにきっと思い出すだろう。

そしてその度、こう思う。
僕たちは、何度でもやり直せるんだ。

また、新しい一年がはじまった。

ナイトオンザプラネット / クリープハイプ

<太・プロフィール> Twitterアカウント:@YFTheater
▽東京生まれ東京育ち。
▽小学校から高校まで公立育ち、サッカーをしながら平凡に過ごす。
▽文学好きの両親の影響で小説を読み漁り、大学時代はライブハウスや映画館で多くの時間を過ごす。
▽新卒で地方勤務、ベンチャー企業への転職失敗を経て、今は広告制作会社勤務。
▽週末に横浜F・マリノスの試合を観に行くことが生きがい。

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