全部健康

サキコは健康に気を遣っています。
食事は油物を控え、炭水化物もほどほどに、野菜を中心に食べています。
おかげで胃にもやさしく、体もなんだか軽々しい。
お肌も吹き出物はなくなり、まぁ油物を取らなくなったせいか、多少肌のカサツキは気になるけれども、概ね健康状態には満足していました。
サキコは体に悪そうなものは食べませんし、飲みません。
もちろん酒もタバコもやりません。
あんなものは百害あって一利なしと考えていたからです。
しかし周りの人は実に不健康です。
毎晩のように繁華街に繰り出しては酒をかっくらう人。
昼はいつも近くのファーストフードで腹を満たすだけの人。
とにかく値段重視で健康なんて度返しの人。
サキコにはそんな人たちが信じられないのでした。
「長く生きてなんぼ。死んだら全て終わりじゃない。私はもっと生きてもっとやりたいことが沢山あるの。」
サキコの両親は短命でした。
だからサキコも気を付けていたのです。
「自分をつくっているものは食事。だから食事には一番気を遣うべきだわ。」
実はサキコはラーメンやハンバーガーも大好きでした。
でも我慢しているのです。
それもこれも健康のためです。
先日、サキコの知人が亡くなりました。
肝臓癌だったそうです。
彼は酒が大好きな人で、毎晩のように呑んでいたため、それがたたったようです。
彼の葬儀には大勢の人が参列しました。
皆、呑み仲間だそうです。　
老若男女、様々でした。
皆、飲み屋で知り合って仲を深めたそうです。
皆一様に涙を流していました。
故人の人柄が偲ばれます。
彼は皆から愛されていたのです。
皆さんは言います。
呑みの席で色々な話をしたと。
確かに毎晩不健康だったかもしれない。
それはとても残念だ。
でもこうして思い出が残ったことは、私たちにとってもあの人にとっても良かったのかもしれない。
彼は死してなお、みんなの中に綺麗な思い出として生き続けます。
.....
それから30年後...
サキコはまだ存命です。
だいぶ歳を取りました。
見た目こそシワも増えましたが、まだまだ体は元気です。
でもサキコの周りの人たちはすでに亡くなっていました。
そしてサキコは結婚をしていませんでした。
ずっと独り身だったのです。
両親もだいぶ昔に他界しています。
親戚もいない。
サキコは天涯孤独でした。
.....
サキコは亡くなりました。
自室で。
孤独死でした。
あんなに健康に気を遣っていたのに、最期は何ともあっけないものでした。
いや、健康に気を遣っていたからこそ、苦しむことなくあっけなく終われたのかもしれません。
身寄りがなく孤独死だったサキコには、葬儀はありませんでした。
しかし例え葬儀が執り行われたとしても参列者はいません。
皆、すでに他界しているからです。
そしてサキコは荼毘に付され、無縁仏となりました。
かつて死んだ知人の彼の墓には、毎年花が手向けられます。
それは呑み仲間が持ってきたものでした。
サキコの墓には何もありません。
でもサキコはいいのです。
健康で苦しむことなくぽっくりと逝けたのだから、今が寂しいのはそれとの引き換えだったのです。

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